お茶会の帰り道、京都の時代祭行列に、偶然行き合わせて、その中で輿に揺られる
百済王 明信に出会った小桜は考えた。
百済王氏のことを、もっとたくさんの人に知ってもらうために、ボランティア活動でお話を聴いてもらおう!
小桜は物語を創った。
『天の川と天野川』
第二章
あれから三十年
(三十年?!
)
(そう、月日が流れるのは早いなぁ
)
夏のある日のこと、桓武天皇は、皇族の狩り場、禁野で狩りを楽しんだ。樟葉まで来た頃には、交野が原には夕凪が吹いていた。昼の暑さもやわらぎ、草の香りが野に満ちている。ふと見渡して見ると茜色の雲が浮かんでいた。
桓武天皇が、お供の者に仰せになった。
「今日はよい獲物が獲れた。おぉ、たしか、この樟葉の近くには継縄の屋敷があったな。夫人は料理がうまいと聞いておる。今宵は立ち寄ってみるとするか」
お供の知らせに、慌ててお出迎えした藤原継縄。その傍らには、すっかり成人した息子の乙叡も控えていた。
「これは、これは、帝のお成りとは、身に余る光栄にございます」
「いや、急に来てすまぬが」
「いえいえ、どういうわけか、わが妻は一年で一度、やけに張り切る日がございまして・・・。今日はちょうどその日でございます。どうぞご安心を」
館の奥では妻の明信が支度に追われていた。酒の用意をして、川魚を焼き、季節の野菜を並べた。長い間、心の奥で待ちに待っていた日が、本当に訪れたのだ。明信の胸は高鳴った。
暗くなると、蔀戸は高くはね上げられ、涼しい夜風が吹き込んでくる。
そこへ、狩りの獲物もたちまちのうちに膳に整えられ、百済琴や横笛の華やかな百済楽も始まって、宴はさらに賑やかになった。
明信の夫、藤原継縄は、心浮かれて少々飲み過ぎたようだ。
「ひぃっく、あぁ・・・、まことにありがたき、むにゃむにゃ・・・ぐぅぅぅ」
酒宴の席からは夜空がよく見えた。桓武天皇が杯を置いて星を眺めた時、明信がそっと近づいた。
「恐れながら帝、お酒が尽きております」
「お、そうであったか。つい、美しい星空に見とれておった。はっはっは」
桓武天皇が笑ってさしだした杯に、明信が静かに酒を満たして言った。
「帝、今宵は、織姫と牛飼いが出会う夜にございます」
「ほう。一年に一度しか会えぬふたり。『それでも会えるだけ幸せ』やな」
その時、明信が人知れず頬を染めたことは、館の誰も気付かなかった。ただ一人を除いては・・・。
みな、明信が毎年この日に語ってきた『七夕物語』に、しばし聴き入った。
帝がまだ、若き山部王だった頃の初恋など誰も知るよしはない。
(会えなかった三十年の間に山部王は桓武天皇になっとったんや
)
(そういうこと・・・
)
桓武天皇が静かに口を開かれた。
「昔、毎日、役所に勤めておった山部王が、まさか即位して天皇になるなど、誰も思うてもみぬことやった。
いまだ納得のいかぬ者も少なく無いであろう。まぁ、・・・いろいろあったからのう。
どうしたらよい、明信」
「恐れながら、申し上げます。郊祀の儀式をお執りになるのはいかがでしょう」
「ほお、郊祀か」
「はい。大陸では、その国の天子だけが天帝を祀る儀式を行えるのです。冬至の日、北の空の一つ星に国家安泰と五穀豊穣を祈ってみてはいかがでしょう」
「よいなぁ・・・」
桓武天皇は明信の申し出に、ひざを打ち、ほろ酔い加減でうたた寝している継縄に
向かって
「継縄っ!」
「はっ!」
慌てて起き上がってひれ伏す継縄。
「郊祀の儀を執り行う。準備はそなたに任せよう」
「ははぁっ」
「明信には、そなたの家に伝わる大陸の知恵を借りたい」
「かしこまりました」
継縄と明信はそろって丁寧に礼をした。
・・とまぁ、こんなことがあったか無かったか・・・?
(どないやねん
)
(まぁまぁまぁ・・・
)
ま、とにもかくにも、郊祀の儀式は交野が原のどこかで行われ、天空の星々にも
祝福された。
即位については正統性が薄いのでは、と危ぶむ向きもあった桓武天皇であったが、こうしてご立派に、天皇としての威厳を人々にお示しになられたのであった。
そして10年ほどが過ぎ、都は新たに造られた平安京へと遷された。
つづく
『きらら』は、史料に残る史実を縦糸に、夢とロマンを横糸にして織り上げた物語です。
令和8年からは、史料との照合には、AIの力も借りています。
お読みいただいて、ありがとうございました。