お茶会の帰り道、京都の時代祭行列に偶然行き合わせて、その中で輿に揺られる
百済王明信に出会った小桜は考えた。
百済王氏のことを、もっとたくさんの人に知ってもらうためにボランティアの活動でお話を聴いてもらおう!
小桜は物語を創った。
『天の川と天野川』
第一章
山部王は十七歳、明信は十八歳。その日、ふたりは川辺の草の上に並んで座っていた。
山部王の母親は、祖先をたどると百済の王様 武寧王に繋がる家系だった。
だから、同じように、百済王族の末裔である百済王氏の家族とは、遠い親戚とも言えるような間柄だった。
とはいえ、明信は名家のお姫様。住んでいる館は、百済寺の門前にあり、そこには
まるで都のような賑わいが広がっていた。
それにひきかえ、山部王の家は、百年近く前の戦さのせいで、天皇の位を継ぐ筋とは遠くかけ離れてしまっている。
山部王は、明信の家へは、だんだん近寄りがたく思うようになって、今では、幼い頃によく一緒に遊んだ 「天野川」と呼ばれる小さな川のほとりが、約束の場所になっていた。
北の空には、ひとつの動かぬ星が輝いて、じっとふたりを見守っている。
明信は、いつものように、自分の家に伝わる遠い大陸の国の七夕物語を語り始めた。
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むかし、星の国には天帝という王様がいました。天帝には織姫という美しい娘がいました。
織姫は、機織りがとても上手で、毎日せっせと綺麗な布を織っていました。
ある日、天帝は、娘にお婿さんをもらってやりました。
毎日、牛飼いの仕事をして働く、真面目な若者でした。
織姫と牛飼いは、すぐに心を惹かれて仲の良い夫婦になりました。
ところが、二人は一緒にいるのが楽し過ぎて、
織姫は布を織ることを忘れ、若者も牛飼いの仕事をしなくなりました。
天帝の小言なんて耳に入りません。
とうとう、怒った天帝は、二人を天の川の両岸に引き離してしまいました。
織姫は、牛飼いに会いたくて毎日涙を流しました。
牛飼いも 織姫のことばかり想って、家の中に閉じ籠もってしまいました。
仕方ないので、天帝は言いました。
「それほど逢いたいのなら、また前のように毎日働くのだ。そうすれば、一年に一度だけ 逢わせてやろう」
それを聞いた、ふたりは、また懸命に働き始めました。
やがて、待ちに待った日、織姫と牛飼いは、天の川にかけられた、かささぎの橋を
渡って駆け寄りました。
ようやく逢えたふたりは、どんなにうれしかったことでしょうか。
ふたりはこうして、毎年、七月七日の夜に逢えるのを楽しみに暮らすようになりました。
ほら、見て。
天の川の 右に明るくきらめいている星が、織姫星。左が、牛飼いの彦星よ。
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明信の話が終わると、山部王がつぶやいた。
「あーぁ、一年に一度だけしか会えへんとは、なんとも難儀なことやな」
「それでも・・・逢えるだけで幸せでしょう?!それに、織姫は真面目に働く人と
結婚させてもらえた・・・」
「ん?」
「私は明日、藤原継縄さまに嫁ぎます」
「・・・・・」
「あの方やったら、百済寺からそう遠くない所に屋敷を建てて別業にするくらいの
ことは、してくれるやろうって、お父様が決めはった。・・・もう・・・わたしたち、会えなくなるわ」
「そうか・・・」
風が吹いて草が揺れた。
その日の昼間、山部王はひとり、百済寺の参道を歩いていた。
淀川の方から見上げると、東と西の三重塔が、まるで薬師寺の双塔のように高くそびえ建ち、西に傾いた日に照らされて眩かった。
山部王は理伯の家の前で立ち止まった。
(もし今、この門を叩けば明信の父、理伯に会うことはできるであろう。
だが、いったい何を言うのだ。天智天皇のひ孫とはいえ、皇位は長く天武天皇のご子孫へ受け継がれている。 自分はその流れの外にいる者だ。一生、平城京の役所に勤めて役人のひとりとして終わるのだろう。
百済王氏の娘を望むなど、身の程知らずではないか。)
山部王は門へ向かいかけた足を止めると、静かに、きびすを返した。
松の木だけが、その後ろ姿を見送っていたのだった。
そしてたった今、明信から、権勢ある藤原氏の男に嫁ぐと告げられて、山部王は、何も言えず、ただ川面を見つめるだけだった。
(はぁ、情けないが、今の自分は、この川に浮かんで流されているだけの葉っぱのようなものや・・・。
ん?! だが・・・! この川は、やがて淀川の大きな流れに合わさるやないか!)
山部王は、拳を握りしめて黙って立ち上がると、そのまま、夜の闇へと消えるように駆けて去って行った。
明信は、月が照らす、その道をひとりで歩き始めた。
その夜、語られなかったそれぞれの想いは、
天と地の二つの天の川だけが知っていた。
そしてその後、山部王には、思いがけない
運命の転機が訪れたのであった。
つづく
『きらら』は、史料に残る史実を縦糸に、夢とロマンを横糸にして織り上げた物語です。
令和8年からは、史料との照合には、AIの力も借りています。
お読みいただいて、ありがとうございます。