家族がガンになった時。元気印の母が突然、末期癌を発病しました。 -6ページ目

家族がガンになった時。元気印の母が突然、末期癌を発病しました。

母はガンの病魔におかされるまで、元気そのものでした。毎年、健康保険未使用者で表彰されていました。このプログは、母が突然病に倒れ、、最期を迎えるまでの経過や家族との接し方の一助になればと願い綴りました。

医師たちは見た!「あんな死に方だけは嫌だな」 壮絶な痛み、薄れる意識、耐えがたい孤独

 

本日のインターネットで上の記事を発見しました。本文は長いのですが、医療従事者でもこういったことを感じることも当然あるのだろうなと思い読みました。

私の母の時も、担当医師との猛バトルの結果、使って当然のようなことを言ってくる抗がん剤の使用を止めましたが、あのときの状況下からは多くの人が担当医師の意のままとなる、抗がん剤使用を承諾したでしょう。

結果論からは、母の臨終のときもそれ以前も、猛烈な苦しみはなかったようです。抗がん剤の使用でどうしても引き下がらない若い医師を

交代させても使用せずによかったと今では自分で納得しています。

 

ーーーー インターネットからの抜粋ですーーーーーー

 

肉体的な痛みや苦しみは、治療によって避けられるものだと思いがちだが、自分で選んだ治療法によって、苦しい死を遂げるケースも数多くある

会社員のAさん(男性・57歳)は、検診で咽頭がんが見つかったとき、医師から放射線治療を勧められた。だが、友人の助言で、頭頸部がんで有名な大学病院の教授にセカンドオピニオンを受けたところ、「がんを根治させたいのなら、拡大手術がベストです。後遺症はありますが、命には代えられません」と断言される。

 有名な教授が言うなら、と、Aさんはその一言だけで教授に治療を任せることを決意。10時間に及ぶ手術は無事に終了したが、悲劇はそこから始まった。

 咽頭を切除したため、首に空けた気管孔から呼吸をしなければならなくなった。首の付け根から管が出ているため、隠そうとしても人目は避けられない。人工声帯になったため声は酷くかすれ、トレーニングを重ねてもささやく程度にしか出ない。食事もうまく飲み込めず、味覚も失った。

 そして5ヵ月後、首のリンパ節にがんが再発してしまう。主治医からは治療を勧められたが、「もうこれ以上つらい思いをするのは嫌だ」と治療を拒否し、ホスピスへ入居した。医者への不信感からうつも発症。

 「手術さえ受けなければよかったんだ……」

 Aさんはベッドの上でこう唸り、絶望したまま息を引き取った。

 

これまで、2500人以上の死に接してきた日の出ヶ丘病院ホスピス医の小野寺時夫医師は、「不幸な死に方には大きく2つの要因がある」という。

「ひとつは、医療が原因で身体的に苦しむ死に方です。これは、治療のやりすぎで酷い副作用や後遺症が出たり、痛みの緩和が十分にできずにつらい思いをしてしまうケース。もうひとつは、精神的に苦しむ死に方です。最期まで死を受け入れられなかったり、人生に後悔することがあったり、家族とのトラブルで悲惨な最期を迎えてしまうこともある。

何らかの『後悔』の気持ちを抱えながら亡くなってゆく人は非常に多いのです」

精神的な苦痛を伴う死は、家族の思いと患者本人の思いのすれ違いで起こることも多い。

 

======= 詳しくは、インターネットで検索をしてみてください===