いつの間にか、我が家には、数百冊の絵本があります。
その半分以上は、登録した「ぶっくくらぶ」さんが、セレクトして送ってくださったものです。

絵本配本サービスに登録すると、自分では見つけられない名作に出会うことができます。
一方で、我が親子には、全然響かない本が送られて来てしまうことも確かです。
そして、その殆どが、翻訳本です。

わざわざ翻訳され、セレクトされるわけですから、原作は素晴らしいものに違いありません。少なくとも、挿絵は素晴らしいことが多いです。

 

残念なのは、その翻訳です。
文章がとっても不自然で、読んでいる私も、聞いている息子も 物語の世界に入り込めません。

言葉は文化や哲学を反映しているもの。
全く異なる西洋の言語を 東洋の日本語に翻訳するのって、相当に難しいのだと思います。

例えば、、、
「荷車は、ぬかるみに、車輪をとられています」という、文。意味はわかるけれど、スッと心に馴染みません。

もしこれが、「荷車の車輪は、ぬかるみに、はまっています」だったら、いいのに、、、と思ってしまします。

「それなのに、わたし、ねこに ひっかききずを もらったわ」という文も。なんか、突っ掛かる、、、
これが、「それなのに、ねこったら、わたしを ひっかいたのよ」だったら自然なのに、、、

そんな中で、圧倒的に素晴らしいのが、谷川俊太郎さん。
「スイミー」はじめ、翻訳なのに、谷川俊太郎さんの独特の世界観に昇華されてることに、何冊も読んでいくとわかります。言葉の芸術ですね。

あとは、三木卓さんが翻訳するアーノルド・ローベルの作品も好きです。

谷川俊太郎さんの作品も、三木卓さんの作品も、読めばすぐに翻訳だってわかります。
最初から日本語で書かれていないことは、明らかです。
海外の作品を まるで日本の作品の様に仕上げる必要はないと思います。

でも、直訳するのではなく、二つの文化が融合した新しい世界観に昇華していく、、、きっと、そこが、翻訳の醍醐味なのでしょうね。

うーん、絵本の翻訳って、奥深いですね。

 

日本人のアイデンティティって、、、
外見でしょうか?
内面でしょうか?
それとも、日本語でコミュニケーションが取れるということでしょうか?

周りの先生から、よく、継承語の目的は、「日本人のアイデンティティを持たせるため」と聞きます。
では、日本人のアイデンティティって、何なのでしょうか?

今のところ私は、「外見」「内面」「日本語」のどれもが、少しずつ関係し合って、いわゆる「日本語のアイデンティティ」が構築されるのではないかと考えています。

胎内や幼少時に、母親から、日本語で愛情表現を受ける。9歳頃まで日本語中心でで育つ。

日本語の音の特異性から、虫の声や風の音が、右脳より、左の言語脳の刺激が優勢になる。
(角田忠信先生の『日本語人の脳』より)

自然の中に生命を 無意識に感じるようになる。

日本文化のベースを、体感として理解できるようになる。
ご先祖様が代々感じてきた情緒を 同じ様に感じることができる。

外見も、遺伝子レベルでご先祖様から受継いできたものなので、外側と内側が、矛盾なくカチッと合わさり、ご先祖様からの愛のバトンを渡された実感が湧く。

 

これが、本当に「日本人のアイデンティティ」なのか否かは別として、これって、生きていく中で、とても心強いことだと思います。

明治維新前は、日本も藩に分かれていたから、そもそも「日本人のアイデンティティ」なんて、外国に対抗するために、人為的に作られたものだという話もあります。

だから、「日本人のアイデンティティ」なんて、実は幻じゃないかって、思う時もありあす。


そもそも、アイデンティティは個々人レベルのことで、「〇〇のアイデンティティ」って、結局、ただの帰属意識なんじゃないかとも思うのです。

それでもやっぱり、ご先祖様から渡された愛のバトンを「握ってる」という自覚は、きっと、困った時に助けてくれたり、人生を豊かにしてくれると信じています。


外国で生まれ育つ日系人のお子様が、日本語を勉強する意味って、ここにあるんじゃないかと思うのですが、いかがでしょうか?

 


カナダは、6月半ば過ぎから、二ヶ月半もの夏休みがあるため、日本の夏の文化を授業で取り入れるチャンスがなかなかありません。

「暑中お見舞い」なんて言葉も知ってもらいたくて、自分から生徒たちに、暑中お見舞いのメッセージを送りました。

一つは、日本の葉書に書いた、典型的な暑中お見舞いのご挨拶。
「暑中お見舞い」の意味の説明は、親御さんにお願いしました。

もう一つは、日本の夏の音クイズの動画です。
日本から送ってもらった、音の出るカードを使って、「これは何の音でしょう?」って、当ててもらいます。


答えは、「花火」「風鈴」「ししおどし&虫の声」「ビールの栓を抜いて注ぐ音」の四つ。
どれも、聞くだけで涼しくなる、風情ある音です。
「ししおどし」なんて、知らない親御さんもいらっしゃるでしょう。親子でググってみるのもいいですね。
また、虫の羽音を「雑音」ではなく「虫の声」として左脳で処理をするのは、日本語を話す人の特徴だそうです。

面白いなって、思います。

今年の夏は、日本へ帰国をキャンセルされた方も多い様です。

少しでも、カナダの日系人の子供たちに、日本の夏を感じてもらえたら、嬉しいです。

先日、私が働く日本語センターの 継承語教育のベテラン先生、K先生と、何時間も「日本人のアイデンティティーとは何ぞや」という事について、話しました。

最初はメールだったのですが、お電話を戴き、話が尽きないので、翌日公園で会っておしゃべりすることに。。。

しっかりしたお考えを既に持っていらっしゃるK先生 VS  考えても考えても、最後の10%がスッキリしない私。

継承語を学ぶ目的は、日本人としてのアイデンティティを構築するため。
アイデンティティとは、ホッとできる居場所、、、というのが、K先生のお考え。

両親共にアラブ人のある子供が、日本で育ち、日本語ペラペラで、、、でも思春期に入って、見た目が日本人じゃない事を周囲に指摘され、アイデンティティが崩壊してしまったという興味深いお話もシェアしてもらいました。

ということは、「ホッとできる居場所」というのは、「ホッとできる仲間」のことなのでしょうか?言い換えると、アイデンティティとは、帰属意識に因るものなのでしょうか?


K先生と別れて、私が思ったことは、一般的な「日本人のアイデンティティ」には、肉体的なアイデンティティと、精神的なアイデンティティがあるのではないかということ。
肉体的なアイデンティティは、ご先祖様から引き継ぐことで得られ、精神的なアイデンティティは、日本語を幼少期から話すことで獲得される。
で、片方だけだと、所謂「アイデンティティの喪失」が起きることがあるし、逆に、その二つを得ると、めでたく、「日本人のアイデンティティ」を獲得できて、自分に誇りが持てる。。。みたいな。

私自身は、アイデンティティというものは、国籍や民族に依るものではないと思っています。
だからそもそも、「日本人というアイデンティティ」という言葉自体に、違和感があるのです。
もちろん自分の国籍や人種は、自分のアイデンティティに影響はする可能性大ですが、自分という軸は、もっとパーソナルな物な気がします。

一体、「日本人のアイデンティティ」とは何なのでしょうか?

ちゃんと説明できる人は、いるのでしょうか?
そもそも、そんなもの、あるのでしょうか?

ボンヤリとしたその正体を突き詰めていくと、面白いと思います。

この春から、「日記先生」というサービスを始めました。

継承語を教えるにあたり、私が力を入れていることの一つが、「日記」です。
「日記なんて、面倒くさ〜い、続かな〜い」って思う人、大人も子供も多いですよね。
私も、その一人だから、よくお気持ち分かります😁


そんな自分を振り返ってみて、日記を続けさせるコツを発見しました。
それは、友達との交換日記感覚にすることです。
 

まずは、上から目線でなく、お友達目線で読むこと。

そして、直ぐにコメントを書いて、直ぐに返却します。

スピード感が、大切です。


日記は、「自分のメッセージを文字にして伝える」ことが、最優先ですから、多少、字や文法が間違っていたって、構いません。一行日記だっていいのです。
大切なのは、何とか伝えようとという、その気持ちです。

その気持ちに応える様に、私も愛を込めて、コメントを書きます。

生徒さんの日記より、私のコメントの方が長いことも、しばしばです。

文法などに誤りがある場合は、直接、本文を直すのではなく、コメントの中に、同じ内容を正しい文法にしたものを さりげなく織り込みます。
誰だって、❌マークを書かれると、モチベーションが下がりますからね💦


昨年のクラスでは、最初は一日一文しか書かなかった生徒さんが、続けているうちに、みるみるディテールを 個性的に描写する様になっていきました。

 

継続も一旦身についてしまえば、後はこっちのもの。終業までに100日分以上書いた生徒が、10人中4人もいたのです。

子供の可能性って、凄い❗️日記の可能性って、凄い❗️

そんなわけで、担任の生徒さん以外でも、日記添削サービスをしようと思って始めたのが、「日記先生」です。
世界中、どこに住んでいても、OKです。

ご興味のある方は、ご連絡下さい。