翌日も同じようなスタートで、相変わらずぎりぎりに朝食をとりに行き、シリアル、サンドイッチと続けて平らげわったわったと去って行ったアランをテーブルで見送る。
部屋へゆっくり戻ってヨガをする。うーん。このホテルの部屋は広くて居心地が良い。
今日は書を持って公園へ行こう。ってことですでに太陽が真ん中に昇りつつある中、地図片手にひょっこらと外へ出る。日中は暑いけど、朝晩は以外に涼しい。9月はどうやらちょうど良い時期らしい。
平面な地図と違って実際は坂道をぐるぐる登るコース、ありゃ。以外に近いと思っていた公園までまだ距離がありそうで途中丘の上のカフェでお茶をする。とにかく日陰が無い中を歩くもんじゃないわ。オレンジジュースと冷えたキットカットを購入。
で、どうやったらこんなにジュースがまじいんじゃいってなほど、健康に悪そうなオレンジジュースを半分飲み、昼時を過ぎたカフェには時々、若者がやってくる。カフェといってもセルフサービスのレストランっぽく、高台から見える景色は最高だけど、テレビ画面がでーんとあり、そこにサッカー試合が流れている。ああ。そっか。ポルトガル。サッカーか。
涼んでからよっこらとさあ、公園へ。
公園の中は樹齢何年だってなほど高い木々があちこちにあり、日陰を作ってくれる。ベンチもそこらじゅうにあり、ひんやりする石の上に腰かけて読書をする。綺麗に整えられたお庭とかよりも、こういうでっかい木々の下でのんびりするのが好き。
少しぐるっと歩いて、ふと花の強い香りに引き込まれるように木の周辺を見渡す。イチョウの木だ。そして金木犀の香りが漂っている。
うわー。懐かしい。って、去年のこれくらいの時期にそういえば、同じ香りを上海でも嗅いでたんだっけ。小さいころの思い出が詰まったような香り。スイスに住んでから、そういえば嗅いでないんだよなあと気づく。
そんなこんなで、気がつくと夕方になろうとしていた。まだお日様は高そうは見えないんだけど、コインブラで有名な丘の上に建つ大学をぐるっとみながら行きとは違う道を通って帰る。えーっと、上ってきたから、降りて帰れば良いんだよねと思いながらも、方向音痴の自分。違う方向に行ってしまわないように、警備のおじちゃんに尋ねる。ここに行きたいのですが。と片言のポルトガル語を使って地図を見せて、そこの階段を下りていくと良いと言っているらしいポルトガル語を聞き、身振り手振りで教えてもらった。
階段を下りていくと、教会があり、また階段沿いにはおみやげやさんがいっぱいある。そこで、鶏の刺繍(幸福のシンボルらしい)が入ったパンを入れる袋とかテーブルクロスのおみやげと、日本語で書かれたポルトガルというガイドブックを他のお店で売っていた半額の値段で購入した。さらに下っていくと、かわいい絵っていうか、哀愁ただようファドの絵のポストカードを発見。その小さなお土産やさんからは、ファドの音楽が流れている。
学生?と聞かれて、うん、そうと適当に相槌をうったら、どうやらコインブラ大学に通っていると間違えられ、何選考などと聞かれてしまった。だはっ。ううん。ここの大学生じゃないよって英語で答えるものの、微妙に英語が伝わっていない。あああ、スペイン語はえっとおおお。あ、今夜ファドのコンサートがあるから行ってみると良いよと教えてくれた。同じロマンス語の部類に入るポルトガル語はゆっくり言われると単語で何とか想像つくが、発音がいまいち頭の中で直ぐにアルファベットにならない。。こそばゆい発音だ。
そんなに広くはないコインブラの中心地。あっけなく知っている道に出てホテルに戻る。18時には戻るからいろよーと言うアランの言葉を思い出し、途中水を買ったりしながら一旦戻る。
そして晩餐へ。
大好きなピエトロ達の姿もなく知っている人が誰もいない中、しかも連れを同席するのはどうやら私一人だけらしく、うううんと思いながら(何を会話すれば良いのかしらってことよね)昨日と同じレストランに着く。なんてことはなく、日本人だと知るや日本に行ったことのある人たち二、三人に囲まれて何だか和やかに話の中へ入っていった。あ、もしかして先日駅から走った姿を見たフランス人もいた。やっぱりおんなじ。ジュネーブから来たらしい。
ほんなこんなで、レストランの中へ。テラスはあるものの、風が強くしかも肌寒い。残念だわー。昨日のギャルソンがあれっと言う顔。また来ちゃったと笑うと、今日は君の好きなえび料理は出ないみたいだと教えてくれた。そう、あらかじめコースが決まっている。
ながーいテーブルがL字型になり、さらにもうひとつテーブルがある。全員で何人いたんだか、それでもかなり小さいコンフェランスなのだそうだ。そういや、こういった晩餐に出席するのって、いつぞやのアイスランド以来だ。あの時もうまかったなーご飯(笑)。んで、テーブルに座っていくと(しかも連れなのになんで真ん中あたりなんだよー、端で良いよーという私の目の訴えはあっけなく却下され)、目の前には若そうな感じの男性。若いな。シーンと会話があらへん。何処から来たの?と会話を切り出す。何だって真ん中に座らせるかね、うちの旦那はんはなどと思いながら、そこから、数人と会話が弾んでいく。隣に座っているアランも会話に便乗していく。スコットランドや、イングランド、カナダなどあちこちから来ているようで。どこか観光した?みたいな話になり、このあたりうろついてたの。向こうに見える橋を渡ってね、反対岸を散歩して修道院に行ったわ、と話せば、誰かが、あれ、今日確か食事のあと、皆でそこに行くみたいだよって言う。
だはっヽ(*'0'*)ツ
お前、皆先取りしちゃったな。彼女、昨日もここでご飯食べてるんだよ、一足先に。なんてアランちん。
ほんまや、まさかおんなじコースを送ることになるとは。。。
前菜は、魚のスープが運ばれてきた。お昼抜いていた私はおなかペコペコ。って、おねえさん、私のお皿、見事にお魚少なくてほぼスープだけですが。。と思っていたら、なみなみとお魚の入った目の前のお皿を同じように見つめた目の前に座るシャイな彼が、あのさあ、もし魚好きだったらお皿取り替えてくれない?ときたもんだ。
へ?
俺、実は魚嫌いなんだよね。
うきゃ(^-^)/。ってことで交換。さてこのお魚のスープ、美味しかったんだけど、塩からい。塩分がああ。どんだけはいっちょりますかーってなお味で。ワインが進みます。。
そして、お肉と野菜がメインで運ばれてきた。
今度は、隣のアランがありゃ、めちゃくちゃレアな焼き方だなこりゃ。おれ、ちゃんと焼かれている方が良いんだよなあと言ったら、違う人が、あ、俺、レアが好きだから交換しない?と、またまたお皿チェンジしたりして。
赤ワインが半端なくうまく、お肉も美味しくあああー幸せ。肉やわらかーい。あ、こりゃ、きっと塩だな。ここの国の塩に違いない。買って帰らねばなんて思っているうちにも、会話は盛り上がる。
案の定、人の事を出しに使って会話を進めるアランちん。すでにワインが進み結構口も進みだしたあたくし。内容はポルトガルだの、日本だの、転々とし、質問され、質問し。
いやいや。日本は昔からポルトガルと交流があるんだよ。いくつかの言葉はポルトガルから来てるし。たばことか、カステラとかうんちゃら。鉄砲が来たのもポルトガルからっぽいし。
へえ。バスコダガバは日本まで行ったのか?
ちゃうちゃう。ザビエルっていうおっさんや、来たのは。
いつ来たの?
へ?(何時だっけ?信長さん?秀吉さんの時代?)そんなの、サムライ エポック。(超適当)
その後、何かで信長さんがポルトーを飲んでいた事が分かった。
それから、フランスから来た共通語の話になり、あ、こっちでもランデブーとか使うよ。あと、デジャヴ(デジャヴュ)とかも、なんていろんな話で盛り上がった。
お米のデザートとカスタードがデザートに表れ、別腹のアランちんはお替わりをし、最後食後のコーヒーが配られ、なんだかんだと声をかけてくれるギャルソンに、デカフェにしてもらい、そのついでに、美味しいポルトーを食後酒(って本当は食前酒だが)に頂いた。
主催者の人とやっと挨拶を済ませ、外へ出て涼みそのまま、そうおんなじコースを酔いかけのほぼ男たちと一緒に歩き始めた。橋のところでそのカラフルな橋について語り始めたコンフェランス主催の人。まったく覚えていないが、確かむかーしのロミオとジュリエットみたいなお話だったような。。
ほんで、気がついたら昨日しまっていたカフェに到着した。やっぱりここだったのねえ。中は良い感じでお庭風のテラスもある。さっき一緒に食事をした人たちの姿はなく(多分帰ったのね)替わりに酔っ払い加減のおっちゃんたちが、フランス語しゃべる人たちはこっちのテーブルへーなんて、言っている。って、うちらと日本へ仕事に行ったことのあるカナダ人の女の子、フランス人しかいないのだが、そこにスウェーデンから来たというおじさんやら、何人か分からないけど寡黙な感じの男性やらと集まってきた。
これからが長かった。すでにポルトーを勝手に飲んじゃっていた私は、ミントティを頼み、アランは、あ、しまったと思ったが遅く、なんとオレンジジュースを頼み、他の人たちはカクテルやらポルトーやらを頼んでいる。酔い覚めにはちょうどよい外の空気。そして運ばれてきたジュースを一口飲むや、うわっ。まっじーと声をあげる彼。ミントティを二人で飲みながら、フランス語で会話が始まる。っつっても、集まれーなんて言った当の彼は、よっぱらっちゃってて、フランス語初心者ですーと、なぜかフランス語レッスンなるものがいきなり始まり。私の隣に座っているおっちゃんは、サバー。あーーウイ?とここでもなぜかフランス語レッスンが始まる。酔っ払った大人たちっていうのは異様に陽気で、何度も繰り返されるおんなじ会話に、思わずフランス人男が、デジャヴュだ(前に見た光景だ)とつぶやいた。
それから、ポルトガル人参加者だという人も加わり、空手をやっていて、本当は沖縄へ試験を受けに行くはずだったんだ。と言う。へえ、じゃあ日本語少し出きるんだ。空手はヨーロッパでもポピュラーで、よろしくお願いしますとか、日本語も稽古の時に使うらしいのだ。したら、びょにょごにょごにょにょまっす。とすばらしい日本語で。俺は日本語が話せるとか言い出し、便乗した片言日本語のあらんと、カナダ人の女の子と、フランス人の彼とで一斉に集中攻撃を受けていた。おい、どうなってんだ、このテーブルは?みたいな目で私を見る彼。本当だよ。どうなってんだ。このテーブルに座っている人たちは。他のテーブルには、地元の人たちであふれかえっていた。深夜1時をあっけなく過ぎたあたりで、解放。。。もとい解散。。ほろ酔い歩きでホテルへ戻る。阿呆な事をしゃべりながら。。。
この人たちは、明日も同じように8時半集合なのだとか。。そして、そんな中アランはコインブラで仕事の約束があるからと午前中をキャンセル、最後の別れを告げる。私は、明日予定されているコインブラ大学のグループ見学に替わりに参加させて貰うことにした。
久しぶりに酔っ払い、笑いこけた夜だった。