「目の不自由な人と、足の不自由な人がいた。ふたりは、いつもいっしょ。
目の不自由なひとが、足の不自由なひとを背負って歩いた」
風がゴーゴーとふぶいている。
木々がえらい勢いでばっさばっさと揺れている。
なのに、行くのか。
いや、ほら、見なさいよ。あなた。こーんなに、木々が踊っちゃって。寒そうなのよ。雨も降りそうな雲なのよ。何も今行かなくたって。。
なのに、カラダは一向に聞く耳を貸さず、何故かいそいそと着替えている。
いや、あなた、ストレッチも無しに行くのかしら。。?
足首を回して手首を回して、カラダがせかす。
分かったわよ。
え、、そっちから行くの。何処に行きたいの。
どうにもこうにも、カラダがマナス(マインド)よりも先に動いていく。
手綱に引っ張られていくかのように。。
心ではさみーよ。ゴオゴオじゃねーかって言っているのに、カラダが軽快な足取りで走っていく。。
こうなるともう、一種の瞑想状態なので、走っていても苦しみも息切れも感じない。
カラダは勝手に足を使って移動し、目は湖を見つめ、耳は鳥の音と音楽をキャッチし、皮膚は雨や風を感じる。鼻はどうだったか。。
マインドは、このびゅーびゅーの中、皆よく走るよなーなんて、他人事のようにしゃべっている。
不思議なものだ。
でも、昼あんだけ食ったので、消化器官がうぎょって言っているのが伝わる。
それもこれも、カラダがびっくりするほどプロテインを欲し、アランが目をまるくするほど食べたから、余計エネルギーが回っているのだろう。。。
カラダとちぐはぐに、いやいやいや、ほら、雨降ってきたし、そろそろ帰ろうぜ。ってか、あんた、今朝、排卵したばっかりじゃねーか。貧血起こしてたのに、まったく。とマインドが声をかける。
うまくやりとりをしながら、ようやく切り上げる。
別の日の明け方。
意識ががっちょーんっていうほど、目覚める。
まだ、4時じゃないけ。もうちょっと寝ようよ。ねえ。
カラダがうずき始める。
またしても、あたくしの意思とは無関係に起き上がる。
まじかよ。へーへー。この時間は本当エネルギーがありますわよ。でも、寝たいのよ、あたしは。
半分寝ている状態で、椅子に座ってぼへらーとする。
しばらくすると、ヨガマットの上にいる。
あちこち、カラダが思う存分にプラーナを送り続ける。
はっきり言って、最高潮に気持ちが良い。
頭で考えずに、カラダが思うように動く。呼吸がゆったりとこれでもかというほど、あちこちに送られていく。
1時間後、ふとカラダの動きが止まった。
屍に移動する。
マインドが言う。
え?ちょっと待て、ダヌラアーサナで終わりって、あなた、ちょっと調節した方がよろしいんじゃなくて?
カラダが動かない。
そうですか。。
いやはや、ベットに戻ってもよろしいでしょうか。
あたくし、寝るのが好きなのですよ。
のろのろと二度寝に入る。
数時間後、起きた後の爽快感たらあったもんじゃない。
が、しかし、どうにもこうにも、
マインドをコントロールするのが、ヨガの目的の一つのはずが、カラダに手綱をひっぱられているのは何故か。
この状態の時は、かるーく夢見の状態のような、瞑想の状態のような、勝手に動いてくれちゃって、マインドが後からへっこらついてくる。
ヨガのポーズも、力強いポーズだろうがなんだろうが、スカ(快楽)の状態に入っているので、息が乱れずただ淡々と進んでいく。。
おそらく、ここ最近、馬と会話をしているせいだろうか。
まるで、自分のカラダが馬であるかのようだ。。馬との関係は、自分のカラダとの関係によく似ているのだ。
ああ、カタウパニシャッドでは、
「アートマンは車主、そしてカラダは車輪である、と知れ。
さらにブッディは御者、またマナスは手綱である、と。
賢者らは、諸処の感覚器官を馬、外界を馬にとっての道路なり、と云う」
自分はカラダという馬車に乗るアートマンである。
その馬車をリードする馬は感覚器官である。
そして、馬を操縦する御者と手綱が、心ーブッディ(無意識)とマナス(表層意識)である。
アートマン(馬に乗るもの)と感覚器官(馬)とマナス(手綱)をはじめとするこれらのものが協調していれば、快適な旅をつづけ、やがて天国にまで行くことが出来る。
しかし、御者はしばしば手綱さばきを誤ってしまう。
すると、馬が暴走したり、あるいはてこでも動かなくなったり、車輪が穴にはまったりして、にっちもさっちもいかなくなる。」 ・ヨーガ大全 伊藤武・
うほっ。
車輪が暴走しているのか?勝手に行き先を決めていて、へっこらと分かったからちょっと待てとマナスが手綱を引いているこの感覚はなんであろう。感覚器官はやけに冷静だったりもする。五感がめっちゃさえているから、意識が集中状態である。
うーむ、この車輪を動かしているのは、一体全体誰なのか、ブッディなのだろうか、よく分からんが、
まあ、踊っているときも、おそらくこの状態なのである。
カラダが先に動いていて、自分では何をしているのか、いつもよく分からない。
そして、今、まさに何が起こっているのか、分からない。
なして、こうなったのか。なして、馬と一緒にいるのか。
どうにもこうにも、道はすでに決まっていて。どうにもこうにも、マインドから離れていて、パッパカパッパカ、勝手に進んでいく。
No Comment Love!
Keep Go Ahead on the Road of Silk.
監督のJ の興奮した声が響く。
さあ、あたしは自分のカラダと、そして馬鹿でかく気品の高いサンドール(馬)の手綱を引く、いや、対等にかかわることが出来るのだろうか。。
そこが問題だ。今、まさに両方に引っ張られている感が。。。
一体全体、このまま何処に行くんだか。
自由を与えないと駄目だよ。
そう、馬術師のマックスは言った。
彼と馬のやりとりは、それは見事なものだ。
そして、Jとサンドールの関係も、それは見事なものだ。
でも彼らは言う。
自分のカラダの状態を知っていないと、馬は変化に気がついて容易に馬から落とされると。
感覚器官が半端なく強いのだ、馬は。
ああ、そうか、だから感覚器官=馬ってか。
まじで、すごいね、本当にね。
その通りでござんす。
まだまだ、発見の連続。
とんでもない、日々がやってきた。