あくまで、担任がいた補習校の例です。

 

数年前、メールでアンケート依頼が届きました。

海外に住む日本人のために、日本語学習ができる学校を作りたいので、

アンケートに答えてください。

補習校を作るにあたり、海外で暮らしている日本人家族の実情や要望を

リサーチする目的です。

これは、現地校やインター校に通っている家族宛てに送られたようです。

 

担任は、当時、このアンケートに回答しませんでした。

理由は、友人しか教えていない個人アドレスにアンケートが一方的に送られたことに

違和感があったからです。

そして、創設スタッフに名前が連ねられている人達を好ましいと思わなかったので

関わりたくなかったからです。

その後、準備校を経て、補習校が設立されました。

 

設立メンバーには、同じ学校の知り合いもいましたので、会えばどうしても補習校の話題を

出してきます。

日本のイベントのことや、補習校の先生が足りないなど。

何年間も断り続けてきたのに、その人が日本へ本帰国をするときに、頭を下げられ、

「ここまで情熱を持って頑張っているんだ」という思いにほだされて、引き受けたのです。

 

しかし問題は、この知り合いたちではなかったのです。

担任は、設立メンバーのトップが、どのような人か知らなかったのが間違いでした。

補習校を立ち上げようと努力する方は、純粋に「子供たちの日本語を学びたいという

願いのため」と考えている、それは、確かです。

でも、生徒数が増えるにつれて、たくさんの保護者さん達に、「あなたのおかげです」

「あなたに本当にお世話になっています」と言われ続けていると、少しずつ何かが狂い始めて行くようにも思えます。

 

それが、「補習校を守る」という名のもとに、ボランティアで協力する教師にも

時には、感情的に怒り、「ありがとう」の感謝の言葉も忘れます。

また、自分と意見が違う人には悪口を言い、次第に会話もなく、事務局全体が無視をするような空気になれば、居づらくもなります。

 

偶然に、その創立者のツイッターを見つけてしまいました。

いつも担任が言われていた言葉と同じ乱暴な言葉。

「だからさぁ~、日本もさぁ、もういいかげんにしてほしいんだよねー」

冷や汗がでました。

担任にとっては、あの怒った顔、乱暴な言葉、すべてがトラウマになったほど嫌いだったから。

いつも、何かのニュースひとつひとつに、怒っている。

今頃わかったことは、「戦う」「争う」ことが好きだったんですね。

もっと早くに知っていたら、どんなにお願いされても関わることはなかったです。

 

補習校を立ち上げるには、私たちが計り知れないほどの苦労があったことでしょう。

でも、こんなことを言う保護者達もいます。

「自分で補習校を作ったという思いが強すぎるんですよね」

 

よく補習校のHPで、最初は数人の有志によって設立されましたと書かれているのを見ます。

その有志の皆さんは、ある程度軌道に乗ったら、退いた方が良いと考えます。

自分たちがやってきたという功績を残して、次の世代に変わった方が、健全な運営が

できると思いました

 

ただその時には、余計なことはしないでください。

昨日今日、入ったばかりの事務局スタッフに言われました。

「先生のすごい功績はうかがっています。でも、問題点もちゃんと聞いていますから」と。

会ったばかりの人が、敵に思えました。

 

功労者は、静かに去った方が良いと考えます。