春草の活躍した明治時代には、まだ、今の、日本画材店においてあるような品物はなかったのです。
今、日本画材店へ行くと、誰でも目を引かれるのが、並んでいる瓶入りの岩絵の具。
所狭しと並べられている、色彩の乱舞には、誰でも驚かされることでしょう。初めての方ほど、そうです。よーっく、見ればその値段にもビックリする事がしばしばですが、岩絵の具には大きく二種類あって、一つは、天然岩絵の具。そして、モウ一つは、人造岩絵の具。
全ての岩絵の具はこのどちらかに属すのです。
ところが、天然岩絵の具は大昔からありますが、人造、(人工)、岩絵の具は、明治時代にはまだ、存在していませんでした。
そりゃそうです、近代の化学工業がまだ、芽生えたばかりですから、人造岩絵の具が現在のラインアップとなったのは、けっこう最近の事。
つまり、春草は、人造絵の具を使うことは出来なかった。
日本画を描いたことのある方はおわかりですが、天然絵の具は上品だけれど、今ひとつはっきりした色相を持っていません。そこへゆくと、人造絵の具は、赤なら、真っ赤だし、黄色だって、はっきりとして輝いています、全部とは云わないまでも、殆ど、全て、原色から中間色まで、アラユル色彩が、人造絵の具のほうがはっきりした色相を備えている場合が多いんです。
典型的な例外は群青、と緑青。
これは、天然のものが断然、輝いています。 が、それ以外は・・・そもそも、天然岩絵の具には“ない色”が多い。
藤色、とか、紫とか、がその代表ですが、例えば赤、にしても、天然物には、朱色はあっても、イワユル、真っ赤な岩絵の具はなく、深みのあるしっとりとした辰砂という赤は、人造絵の具の赤に比べると、上品だけれど、貧弱なくらい鈍い赤色。
つまり、人造絵の具では、深さとか品とか言うものは得られないけれど、彩度、明確さでは、少しも引けをとらないどころか、天然には得られない様々な色彩を生み出すことができるのです。
春草は、早世していますから、少しも人造絵の具の恩恵には預かっていないわけです。亡くなったのが明治44年ですから・・・。
だから、秋の紅葉を描いても真っ赤に描いた作品はありません。控えめな、地味な、・・しかし、しっとりとして、奥床しい紅葉を描いた。
現代人は、アラユル物が揃っているのに、春草のような高雅な作品が描けなくなった。・・・・春草は、限られた材料で描いたのに、断然素晴らしいのは・・・?
なぜ?
【暁風】
拡大して下さい、色彩が地味な典型です・・・・・が、アカツキの風を感じますね。