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絵師 高橋天山ブログ

日本画家が語る日本文化の素晴らしさ
菱田春草を語る

 春草が残した遺産を継ぐ、院展。


 試作展として発足してから67年経ちました。



院展同人 高橋天山ブログ

 
 第67回春の院展が例年のように、日本橋三越本店七階、特設会場で開催されます。

 同人三十余人、の50号作品、ほか、入選作250点あまり・・・

 どうぞご高覧お願い致します。

 
 今年の天山先生出品画は 【なよ竹のかぐや姫】

 天空に舞い上がり、もはや星座となられたかぐや姫が描かれています・


 6階画廊では、同人(審査員)による小品展が同時開催。
 天山作品は、最新作。 【春うらら】 この作品です。




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【サラスワッティ】  明治36年




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 岡倉天心の要請で、春草は大観と共に、印度を漫遊。

 ・・・・・というと、カッコイイですが・・・


 現実は出稼ぎ旅行であって、タゴールとの交友から天心が引き出した、 ある王宮の装飾画発注に応えるべく勇躍・・・片道切符での渡印でした。


しかし、厳しい現実!!

この発注には邪魔が入り、折角の大仕事は横取りされて、当て外れ・・・・


窮した二人は、タゴールの ツテ で、展覧会を開催してもらいます。

そこで描いたであろう作品の一部がまだ、現存しており、これはその一点。




 外国の神様をスンナリと描けちゃうのは、天才故で、当然でしょうが。


それにしても、迫真の精神性を備えている事には驚かされてしまいます。




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ちなみに、サラスワッティとは・・・・弁天様のこと。


芸術、学問、などを司るヒンドゥー教の女神様。いつしか、七福神の弁財天として、日本でも親しまれるようになりました。


吸い込まれそうな眼です・・・・

















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渋谷松涛のギャラリーで、視覚障がい者の為の描画展が開催されます。

目が見えない人にも、絵が描ける!!

画期的な新発明 【ミツロウ君】による描画展。

ペンの中身は蜜蝋!!、ミツバチの巣から抽出した材料です。

蜜蝋を電気で暖める事によって、液体化させ、押しながら描くとアラ不思議、点字のように凸凹がわかる!

眼は見えなくても、指先で絵が見える!!!

  
晴眼者にはなんでもないことでも、
眼の不自由な人にとっては絵を描く楽しみは、・・あり得ない事。

絵を見て楽しむ事は、?丁寧に説明すると少しは・・・・
しかし、絵を描く事は従来、誰も考えなかった事なのです。

 香川県盲学校の栗田先生が、この問題に挑戦。

なんとか、眼が見えない人にも絵を描く喜びをわかってもらえるようなアイテムは??

絵なんか描いた事のない、思いもしなかった・・生来の全盲の方でも・・・


そこで、大田区の町工場、安久工機の田中さんが考案、開発したのが、【ミツロウ君】

画家たちも、お手伝い。ミツロウクンを使って、一緒に絵を描いた喜びをご覧下さい。


初めて絵を描けた視覚障がい者の心の躍動が、伝わってきます。


  どうぞ、ご高覧宜しくお願い致します。

ちなみに、この作品は、天山画伯のミツロウ君による描画。
賛助出品されます。



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 【色鳥どり】



山梨県盲学校での体験ワークショップ・・・ご参考までに、コチラへどうぞ
http://www.ysvi.kai.ed.jp/php-bin/blogn/index.php?eid=113


http://mitsuroupen.jp/   

展示会詳細はコチラへ







命をこれほどに、描ける人は、菱田春草以外にありません。


数多の絵師、画人、画家がいたるところに溢れていますが、まずこの人の右に出る人はまだ居ない。この人に対抗できるのは、雪舟くらいでしょうか?


院展創立の一員でもあるので、私の大先輩でもあるわけですが・・・・・最近特に、師匠、今野忠一画伯が亡くなり、身近な指針を失った事もあって、つねに私が思うことは、・・・・春草先生は、何と言われるであろうか?? という事です。


今、期日が迫って、例年の春の院展出品へ向けて制作中ですが、この絵を春草が見たら、何と言うだろうか? と・・・・・・・気がかりです。


今日ご紹介するのは有名な大作 【王昭君(おうしょうくん)】 です。





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 部分




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 部分


 何れも拡大シテご覧下さい。



王昭君と言うのは、





西京雑記 』によると、元帝は匈奴へ贈る女性として後宮 の中の一番醜い女性を選ぶため、宮女の似顔絵帳の中の一番醜い女性を選ぶことにした。似顔絵師であった毛延寿に賄賂 を贈らなかった王昭君は一番醜く描かれていたため、王昭君が匈奴への嫁として選ばれた。皇帝に別れを告げるための式で王昭君を初めて見た元帝は王昭君の美しさに目を奪われたが、匈奴との関係悪化を恐れ、この段階になって撤回することも出来ないため渋々送り出した。その後、画工の不正に気付いて激怒した元帝は毛延寿の首を刎ねた。



ウイキペディアより・・・・・・



まあ、美人が主人公の悲劇のヒロイン。嘆き悲しむ周囲をよそに、凛とした態度で、遠方へ人身御供として旅たつ姿を描いたもの。



















【秋野美人】 


大観と春草・・・・・と常にペアで称される横山大観と菱田春草は、年齢が7歳大観の方が年長で、しかも長命であったことも加わって、春草と大観。とは言わずに大観と春草。と言われるようになりました。


親友、盟友、・・・・・・・・無二の・・・という言葉が必要なくらい親密な関係だったのです。


国家の存亡を掛けた日露戦争開戦のその日に、勇躍アメリカに向かって外遊を始めたのも、天心に従って、下野したのも、旧態依然たる画壇に殴り込みを掛けたのも、・・・いつも二人一緒でした。


実年齢は上でしたが、大観は、春草を師であると、思っていた様です。


早世した春草を惜しんで、追悼記念展に【五柳先生】を描いたのはその典型的な現れでありました。


この作品は、春草の美人画のなかでも指折りの名品ですが、長く大観の手元にあり、現在も大観記念館の所蔵と成っています。


常に座右にこの作品を置き、春草の画格の高さを手本として、研鑽を続けて言ったのです。


“あれこそ本物のの金。おれなんか瓦だよ・・・”


 春草の完全性を一番良く知っていたのも、大観その人でありました。






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 三十六歌仙、はご存知?


 現代のAKB48??


 六歌仙はわかります?


 和歌の謳い手の名人を並べた・・・・


 ベストシックス!!  って、感じでしょうか。


 



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 何れも、拡大してご覧下さい。小野小町は明らかですが・・・・

 この作品が春草の絵!? ちょっと驚きですが、堂々と金屏風に描ききっています。無線描法を実験している頃。 明治33年。まだ二十台後半!



 ディテールをどうぞ。




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2月15日から、3月21日まで、伊勢神宮美術館で特別展が開催されています。歌会始御題によせて【岸】


高橋天山作、【IN THE LIGHT】が出品されています。


 東京湾のウォーターフロントの取材から生まれた作品で、

 第79回院展 日本美術院賞大観賞受賞作品です。

どうぞ、ご高覧下さい。




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縦210センチ、横170センチ。約150号













【蘇李訣別】 (そりけつべつ)



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 明治34年 第10回連合絵画共進会出品    


縦、149センチ 横98センチ 絹 額装


 我等が大天才春草の人物画。けっこう大きい作品ですが、珍しく額装。

 残念ですが、実物をまだ観ていないので、ちゃんとしたコメントが思い浮かばないのですが・・・・


蘇と李とは、蘇は蘇武のこと。李は李陵のことで、・・・・・・・李陵は、同じく匈奴の捕虜となっていた蘇武とは心を許しあえる友として付き合っていたらしい。その蘇武が許されて漢に戻る日が来たとき、李陵は三首の詩を作って蘇武に与えた。

いづれも友情にあふれた作品であり、また彼らの境遇を踏まえて読むと鬼気せまる情念がこもっていて、ここでは、第一首目を紹介します。


與蘇武詩(其一)          

  良時不再至  良時 再びは至らず
  離別在須臾  離別 須臾にあり
  屏營衢路側  衢路の側に屏營し
  執手野踟厨  手を執りて野に踟厨す
  仰視浮雲馳  仰いで浮雲の馳するを視るに
  奄忽互相踰  奄忽として互ひに相ひ踰ゆ
  風波一失所  風波に一たび所を失へば
  各在天一隅  各おの天の一隅に在り
  長當從此別  長く當に此より別るべし
  且復立斯須  且く復た立ちて斯須す
  欲因晨風發  晨風の發するに因って
  送子以賤躯  子を送るに賤躯を以てせんと欲す

分かれたら再開の日は再び来ないだろうと思われるのに、別れのときはたちまち迫ってくる、分かれ道に立ってはためらい、互いに手を取り合ってはためらいあう、(須臾:間もなく、一瞬のうちに、屏營:ためらう、衢路:分かれ道)

空を仰ぎ浮雲を見れば、前後してたちまちに遠ざかっていく、風に吹かれて飛び去ってしまえば、二度と出会うこともない、(奄忽:たちまち、)

我々もそれと同じくここから分かれねばならぬ、別れを惜しむあまり立ちつくすばかり、せめて吹く風に乗って、あなたを何処までも送っていきたいものだ、(斯須:しばしの間)



日本人に親しまれた 、有名な故事を使って試作したもの。明治34年といえば、春草は25、6歳。


これから円熟の連作が始まろうとしていたときであります。若干25歳で円熟というのも、おかしな話ですが、彼に限っては、円熟そのもの。前年に描いた【雲中放鶴】に次いで、没線描法によって制作した大掛かりな人物画でありました。


没線描法とは、文字通り、線を使わない、輪郭線はじめ、説明する為の線を使わないで絵を描く。線という説明を省く事が春草の目標であったのではないでしょうか。


当時珍しく、この絵に対する評判は上々でした。


読売新聞の高評が残っていますが、当時としては、異例なほど春草を理解し、その革新的意図を励ました内容でした。


現在も言われ続けていますが、春草を宗達光琳を継承するものと見なしている事は注目されます。








 立春。


 仄かに、春の気配が、厳しい寒さの中にも、暦どおり、春律を留める事は出来ません。春草の中に春の字があるように、息吹く春を描いても、この方の右に出るものはありません。


 


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ちょっと小さいので、拡大して下さい。


 珍しく横長の作品ですが、白梅の咲く丘に温かみのある黄色で地平線を現し、手前に反対色である、群青を持ってきて、その中に埋没しているかのような、乙女が描かれています。


 春のぬくもりを描き出す為に、かえって寒色を主役にもってきました。


それにしても、どうでしょう。この穏やかさは・・・この不思議さは・・・この静けさは。










今日、ご紹介するのは、【仏御前】、ほとけごぜん。


平家物語から題材を採った、春草の歴史画です。

ご存知の方も多いでしょうが、平家物語のヒーロー、ヒロインは、

長い間、日本人を楽しませてきたのです。


源氏物語のヒーローたちは、造られた架空の人々であったのに

平家物語の演者たちは、現実に居た人々。


この、仏御前は、白拍子。演芸担当の、綺麗どころ・・・だった女性。

平清盛に自分から自己アピールして、可愛がってもらったものの、

一時のときめき・・・・人生のはかなさをかみ締めて、嵯峨野に隠棲した先輩白拍子を頼って、とぼとぼ、歩んでいる・・・と言う姿、

月明かりの下、 無常観が、描かれているのです。




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