再来年の、国立近代美術館での菱田春草没後100年記念展が待ち遠しいですね。
めちゃくちゃ暑かった今年の夏も過ぎようとしていますが、一向に代わらぬ暑さ・・・
しかし美術の秋ですから、そろそろ、大いに春草を語り継いでゆきたいと思います。
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私は、東京藝術大学油絵科を受験する事4回、つまり、三年も浪人して、結局入れず仕舞いに・・・・入学した私立の美術大学で、日本画に触れたことにより、油絵から転向した経験を持っています。
血気盛んな高校生の時代に日本画に触れられる環境であれば、もっと違う展開が待っていたでありましょうが、当時は日本人ことごとくが、アメリカに心酔し始めていた時期であり、欧州の絵画一辺倒の風潮で、例え、親切な人が、懇切丁寧に、日本画を勧めてくれたとしても、眼中に入らなかったのではないか? と思います。
しかし、初めて触れた日本画の絵の具とその使用法、さらに、乾燥の早さなど・・・・自分の体質と気分に良くあっていることを体験して、一気に日本画熱は高まったのでした。
ぶ厚い菱田春草の画集を、買い求めたのもその表れ・・・・
アルバイトしても絵の具代で消えてしまいいつもピーピーしていたのに、春草の画集は何としても手に入れたかったのでした。
今も、その画集は大切にし、覗く回数も他の画集より遥かに多いでしょう。今尚春草は私の憧れであります。
私も、院展の同人という立場になって、大観先生と共に、命を賭けて院展を産みだされた春草先生達、創立同人の方々の御苦労を推し量る事も出来る様になりました。
天才肌の春草先生に特別惹かれるのは、その【天才さ】、加減に半端のない凄みを感じるからです。
院展の同人ともなれば、それこそ全員が才能のカタマリでありますけれども、春草には、歴代の同人全員でタバになっても敵わない・・・・・それほどの天才であります。
マネも出来ません・・・・
思うに、描こうとしているその心の中の初期の段階がもう既に違うのではないかと思うのです。
迫真のリアリティが、初めから備わっている。
生きておられたら、絵を描く苦労をしたことがありますか?
と質問したいくらいです。
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秋らしい逸品をご紹介いたしましょう。
【武蔵野】 明治30年 春草23歳
【秋景】 明治32年制作 春草24歳
さすが、何を描いても上手いが秋の景はことさら見事。
とても二十台の若造が到達できるレベルではありませんね・・・
以前にも申しましたが、菊慈童など、世界最高。人類の遺産と言っても過言ではありません。
モウ、ありえない高さ。
明治大帝の御世であるからでしょうが、このような境地がホントニ同じ人間から、しかも弱冠25歳で達することが出来るものなのか・・・全くのなぞであります
【菊慈童】 明治33年 春草25歳