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絵師 高橋天山ブログ

日本画家が語る日本文化の素晴らしさ
菱田春草を語る

  庭の生垣に、キジバトが巣をかけて、卵を抱いています。
紅カナメという、春の新芽時に赤い新葉が出て、伸びがいいので、近来の住宅事情に合わせて盛んに
生垣に利用されるようになった樹です。

 例年同じようなところに巣を作っては雛が、孵ってきたのですが、昨年は、抱卵中にカラスにいたずらされて、卵は巣から落ちて、断念。かわいそうなことをしてしまいました。

 このあたりのキジバトは人に慣れており、相当近づいても逃げません。特にこのキジバト夫婦は、家が気に入ったらしいのです。同じツガイかどうか?正確なところは分かりませんが、ともかく初夏の風物史と言った趣で、期待させてくれ、なかなか良い物であります。


 大天才、菱田春草の作品にも、ハトは登場しています。様々な種類のハトですが、実にハトらしいツガイなので、ご紹介しましょう。




  “老松双鳩”



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 穏やかさを、眠りそうになってる鳩によって表し、普遍性を松の表現に見出す事ができます。



“鳩”



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同じく松の根元に集う、三羽のグループ。




“温麗”



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 躑躅ですね。クリックして拡大してみて下さい。二羽の目が、こちらを見ています。気持ちいいよ、こっちへおいで、ーーと。





“紅葉鳩”



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“梨に双鳩”




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 この作品が初期のころ。おそらく、鳩を描いた第一作目ではないでしょうか。

 









 もう少し船にまつわる作品を観てみましょう。

“渡船”




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渡し舟の穏やかな日常感をかもし出す事をねらっています。乗客をはさんで、船頭と船子と、対照的に描いて、シルエットのシンメトリーを崩して、僅かな動きを感じさせ、静の中の動による、生き生き感を求めようとしています。背後の黒木が霞んで、仄かに暖かい空と実に良く調和しているではアリマセンか。

クリックすると拡大します。



“釣帰”




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沢山つれたんでしょうか? さりげない、普段の淡々とした生活のリズムが深く感じられるんです。何と言う空気感、すばらしい!



“晩渡”





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“雨後帰漁”






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緑いっぱい。湿潤な空気感が、たまりませんね。



“湖上釣舟”



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二つ折りの屏風作。





いずれも、拡大部分がかわいらしい。







 今回は、船。  船にまつわる作品群を見てゆきましょう。

 ます、“出船”、「出船カワイや入船よりもヨー、ダンチョねー・・・、」伊豆七島では、今でもよく歌い継がれている民謡ダンチョネ節に、こんなフレーズがあります。

 航海に出発する船の雄雄しい感じと、出てゆく哀愁と、港に帰ってくる船は、迎えるものにとっての安堵感はあるのですが、「かわいさ」が、もう少し。

 この場合のかわいさは、勿論、愛惜の方でありましょう。

 離れ島に暮らす人々にとっては、行ってしまう船を見るのはつらい訳です。・・入船よりかわいい、出船。


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 拡大すると、二人の船員が、帆を揚げて、外洋へと勇ましく発進させようとしています。白い航跡が、胡粉の白さで柔らかく表現されています。

 殆どが、空間と言いますか、空と海の存在の為の余白と言ってもいいでしょう。しかも、海の波の説明はなく、空の雲も描いてアリマセン。ほぼ、何の説明もなし。海の色らしき、緑っぽさ、と空の色らしき黄土色。

 空を黄土色にしてあるのは、船の、シルエットの薄暗さを引き立てるためです。緑が寒色、黄土、茶は暖色。

 寒色と暖色とが、ほぼ、等分に施されている為に、目立たない、グレーで描かれている、シルエットの船が、却って美しい色彩のように錯覚してしまうのです。

 寒色暖色の量比に差異が生ずると、どちらか一方が、目立つ事になり、他の、無彩色は、汚れて見えて来ます。

 美しい無彩色の舟のシルエットを引き立て役にしているのが、航跡の白さ。白は、グレーに拠るとき、一番美しく感じられるものなのです。造形の妙を知り尽くした人の手になる作品と言えるでしょう。勿論航跡の白さだけで「出船のかわいさ」を表してしまったのは、やはり、春草の天才です。



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続いて、“帰舟”




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  積荷を満載して、帰ってゆく舟の姿。

 何でしょうか?藻刈舟、と言って、藻を刈るを、儲かるに掛けて、縁起を担ぐ絵が 行ったものでしたが、その類なのかもしれません。





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良く見ると、鉢巻の船乗りが、長いさおで、舟をコントロールしています。この、手前右端の人物が、大切な役目をしているのです。 三艘の舟には、いずれも積荷が、満載。丸い円満な、安定した形が、3つ、座った三角形の構図で置かれている。

 つまり、舟一つずつ、も安定しているし、3つの揃え方も、わざと安定した構成にして、その安定感を、手前右端の船頭さんにすべておっかぶせているのです。

 この大きな安定して、わらの様な柔らかな積荷とはいえ、かなりの重量に違いないであろう、構図にしておいて、その重量のすべてを、一人の船頭さんに預けちゃっている訳。

 全てを安定に持っていく様にして、たった一つ、船頭さんの力の入れように、不安定をもってきて、緊張感をちょっとだけ表す。

 ほっとしたような、帰ってきた安心感をちょっと破っているところに、絶妙のバランス を見せているのです。

 そして、“帰帆”





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いかがですか?

解説はいらないでしょう。

  

  “帰漁”




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  小人のようなかわいらしい表現が、さりげない日常の平安を

感じさせるのでしょう。

 “釣帰”




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ついでに、かわいらしい、釣り人の絵もおまけに・・・・。

 “雨中帰漁”




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しみじみ、良いですねー。




 ゴールデンウイークともなれば、もう初夏?

まだ、晩春と言った方がいいでしょうか。

 極上の春草作品でお楽しみいただきましょう。




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新緑の緑も、躑躅の絢爛さも、朧月も、ひばりのさえずりも・・・・。

とにかく極上の春草ではあります。

南総里見八犬伝という古典から、題材をとった作品です。

  “伏姫”


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 “菊慈童”のように、架空の物語からの作画。
 このお姫様は、ドンナ悲しみを経験されたんでしょうねえ?



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この作品も“菊慈童”です。

かわいいでしょう?





クリックして下さい。



 

 関東地方では、先日久々の春雨。

放射能やら、黄砂 やら、乾燥して、ほこりっぽかった空気が一新され、今日も土がまだ湿っていて、爽やかな、盛春の気配で満たされています。

 染井の旬は過ぎて、八重桜が、重たげな花房を垂れ下げています。桜前線は北上して、惨事に泣いている東北へと、ささやかな幸せを運んでくれる事でしょう。


  クリックし、拡大してご覧下さい。


 
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 “惜春” と、題された作、月の光に満たされていますね。桜の花びらが、そこここに散り、水ぬるむ気配を、小さな鴨が楽しんでいる風情です。



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 同、部分



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 瀧  (春)




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 ディテールを見ると、温もりのある湿気さえ漂ってくるようです。




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 嵐山の春




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 同、部分。





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 もう、説明は要りませんね。





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 春たけなわ。あっという間に桜のシーズンも終わりそう。

今は、このたびの大震災で大被害を受けた東北地方へと、桜前線は上昇中。復興への息吹と共に北上してくれるといいですね。


 春草の豪華、華麗な側面がよく表れているので、今日は、牡丹の名作を取り上げて見たいと思います。牡丹の美しさは勿論の事、ほんとの意味での高級感が溢れ出して来るようです。


 ブランドとか、セレブとか言うと、なんか、すこし、品下る感じもあるんですが、そんなくだらなさを吹き飛ばしてくれるのが真の高級品。圧倒的な気品をどうぞ!!!



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 朝の牡丹




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 部分、どうです、この可憐さは!

続けてどうぞ、お楽しみ下さい。クリックすると、さらに、迫力があります。



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雨中牡丹です!!



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白牡丹に蝶。



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   ディテールもお楽しみ下さい。説明は要りませんね。






 このささやかなブログは、日本画をわかりやすくお伝えする目的で続けております、日本画のおおまかな解説は過去ブログに遡ってごらん下されば、と思います。







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“菊慈童”(きくじどう)
 その昔、深山の奥のまた奥に不思議なる菊の苑があって、そこから流れ出す清らかな水は不老長寿の妙薬となる。という逸話を元に作られた謡曲に、菊慈童と名付けられた、名曲があるんです。

・・・・・それ、邯鄲(かんたん)の枕の夢ぇーーーー、楽しむこーと、いくとせー、慈童は枕をいにしえのーおーー・・・・・、と、実に良い曲で、秋の定番とされる、非常におめでたいものであります。短いけれども、自然美と、精神美とが端的に感じられるのです。

 謡曲菊慈童は、菊花の咲き乱れる神仙境を舞台に、菊の花のめでたさと、その菊が水に滴り 不老不死の薬になった由来を語り、永遠の美少年の長寿を寿ぐ曲であり、リズミカルな謡 (うたい)に乗って、美少年が演ずる舞は、軽快で颯爽としていて、この心を余すことなく描ききった名作が、春草の手になるこの、作品であります。 
他の作家もこれをテーマに描いていますが、春草に比べると気の毒なくらい稚拙。

 

 
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 部分


  深まり行く秋の気配が、ひたひたと、秋霧と共に観賞者を包み込んでしまうかのよう!
一人たたずむこの世のものとは思えない菊慈童が、誠に精細に描かれているではありませんか。
マッタク、春草にかかったら、神秘世界もあっというまに開示されてしまいます。
 
 菊の香りが仄かに漂ってきて、目をこすると、あら不思議、慈童が一人立っているではありませんか! すずやかなお召し物は、紅葉に反して、寒色で、描かれていますね。
 
 また、紅葉の複雑な奥行きも、省略と誇張とのバランスを保ちつつ、静かだけれど、木の葉のさやぎが、微かにきこえてきます。見つめ続けていると、菊の香が、いよいよはっきりと感じられ、そういえば、せせらぎの音も聞こえてきました。

 先回にご紹介した“水鏡”も伝説の世界ですが、やはり秋の風情というものが中心となって、日本文化が語られると、春の良さ、を想い、夏を心待ちにし、冬を楽しむ気持ちになるものです。

 続いてこの作品も、日本文化の代表、秋をしみじみと感じさせる素晴らしい作品だと思います。

 

 “砧”(きぬた)

 

 
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  なんと!この御婦人の優しげなこと。

 当時、武者絵、とか、謡曲からテーマを持ってくるとか、歴史的な画題は今よりずっと当たり前の共通する概念でありました。しかし、その殆どが、次代の流れに洗われて、今となるとただ古臭いものに感じられるものなのですが・・・・・どうでしょう!これは!

 大天才春草の作品は、常に、いつでも新しく、興味深深たる魅力に溢れ、まさに、時代を超えた高い普遍性を獲得しているのです。

 
 砧と言うのは、木槌で、アイロンのように、布を滑らかに、平らに、つやをだす、こと。 昔は木綿や絹を纏えたのはごく一部の特権階級の人々に過ぎませんでした。それでは一般 民衆の衣は、というと長いこと麻や楮(こうぞ)、藤、葛(かずら)など、 樹皮からとった繊維を織ったもので、それらを蒸し、さらに川で晒し、紡いで織ります。こうして出来た、繊維の太く、布目も粗いごわごわした布を着やすく、美しくするためにこれを打ち柔らげ、とんとんと叩くことを総称して、砧、といったのです。




 
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 部分


 
 謡曲“砧”は、夫の留守宅を守る妻の悲しみが描かれており、詞章、節づけともに晩秋のものがなしさを表現して、古来人々に好まれてきたお能で、女主人公が砧を打つことが情念の表現になっています。
 
 春草はその情念を、深々とした秋の風情の中にどっぷりとつかるような表現で、作品としました。
 

 この作品は初期のものではなく、先ほどの若描きを元にした、円熟期のもの。
凄みが、加わっていますね。


 春草とは、菱田春草のことで、明治時代に横山大観 ら、と活躍した大天才です。

 わずか、36歳で夭折するまでの間、それは素晴らしい業績を残してくれたので、死後100年のエポックな年でもあり、ブログでの展覧会を継続中です。新しくご覧になった方は、是非遡って、ご高覧お願いします。

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