以前にも、投稿したことがあるのだが、
僕の生まれ育った街は、東京都内から私鉄で30分程度の地方都市である。
そして僕の地元の駅前のパチンコ屋の跡地に、バーキンが入った。
バーキンとは言ったが、HERMESのバーキンではない、そう、バーガーキング( burger king)だ。
変わりつつある地元の駅を、時々見ると、昔はここに何があったとか、あそこにこれがあったとか、何となく郷愁にかられるものだ。
さて、ベビーブーム世代の昭和小学生の習い事など、決まり切ったものが多く、習字、そろばん、公文、少年野球そして水泳などが、その主だったもので、これに合唱コンクールの時だけめちゃくちゃカッコよくみえるピアノなどの鍵盤楽器系がせいぜい加わる程度であった。
当時は、今と違い、いじめがなくと学習能力の差が少ないからという理由で、私立中学への進学希望もさほど高くなく、むしろいじめられたら自らで解決しろ、学習能力の差は自分のポディションだから努力でなんとかしろという、丸大食品のCMよろしく「ワンパクでもいい、たくましく育って欲しい」という、ライオンが自らの子を谷底に突き落とすような環境が普通であった。
そしてそれは、ある程度決まりきった横並びの習い事のなかで、その中でそれなりの成果を出す必要性があるのは、幼い子供心にも、薄っすらと意識していた。
事実、それなりの成果は、おおよそ三十年後に実を結ぶのである。
とある経営者団体の会合で、偶然に会った同級生が、「あっ!無茶苦茶水泳の早かった奴だ!」と、一瞬で記憶を蘇らせたのである。
それなりの成果がでなければ、個体識別もままならないベビーブーム世代の僕らは、それでも横並び習い事を嫌だとも思わず、子供なりに楽しんでいたような気がする。
僕の場合、スイミングスクールは、学校とは別の友人がいる有難い環境であったと思う。
チームプレーだと、僕のような人間は、自分のミスを人のせいにしてしまうかもしれないが、個人競技は、記録が目の当たりにでき、全て自分の責任という環境は、仲間と切磋琢磨し合えたとも思う。
スイミングスクールに、僕には、仲の良い仲間がいた。
二駅ほど、離れたところに住む彼は、スイミングスクールの近くに勤め先のある彼のお父さんが迎えに来ていた。
時々、練習上がりに、近所にあるハンバーガーショップでハンバーガーをご馳走してくれた。何とも幸せなご褒美であった。
そのハンバーガーショップこそ、今はなき森永ラブであった。
当時、ちょうど怪人21面そうの事件があり、袋詰めの森永製品を、友人の親父さんは、僕の分までわざわざ購入してくれたのを今でも覚えている。
そんな思い出の詰まった森永ラブは、森永ラブ自体がなくなってしまい。
スイミングスクールだったところは、駐車場になった…
スイミングスクールの前にあった、中学時代の同級生が働いているという噂が流れた性風俗店もいつしかその店をたたんでいた…
ところで、その風俗店には、僕ら、僕らの同級生は誰一人、行ったことがない…
では、同級生が働いているのは、誰が見たんだという話になった…
実際は、噂の彼女は、同級生と結婚しているというではないか、まったく噂というのは、いつだって適当なもんである…笑