私はどうしても、「要らない」「不要です」という意味で「大丈夫です」という日本語が嫌いで仕方ない。
今時どこの店のレジでも「レジ袋どうしますか?」と尋ねられるようになった。
しかし、袋を持っているときに、
「大丈夫です」
と答える客のなんと多いこと。
私はむずむずむず~っとする。
これは「袋を持っていますので、いただかなくても大丈夫です」という趣意の、「袋を~ても」まで略した物だと解しているけど、ほんと「何が、『袋大丈夫』だよ」と思ってしまう。
私は「袋、あります」「袋、持っています」「袋、不要です」などと答えるのだが、「不要です」と答えると、レジさんによって、たまに「へっ?」という顔をされたりする。なので、発語のついでに、手のひらを左右に振って「要らない」ポーズをしながら言ったりする。はあ、めんどうくさい時代になった。
C国からきた留学生の子が、この「大丈夫」を「不要」という意味だと理解し、下宿先で「納豆、大丈夫です」と、大嫌いな納豆を断っているにもかかわらず、下宿のお母さんが、「私は納豆を食べることができる」と言っていると解し、毎日のように出してくるので、泣いてしまった、という話も聞いた。
さて、この「大丈夫」も一例だが、日本語って、同じ単語で、反対の意味を持っているものが複数あって、日本語を母国語とする私であっても、この曖昧さには時に腹が立つ。
「いいです」「結構です」
もその例。「OK」と「不要」という意味が同時に存在するなんて。文脈とか、相手の顔、態度、言い方から推測するしか意味が取れないではないか。なんだこりゃ。
さて、話は英語ネタにそれる。
ガイジンの発音を日本人がまねるとき、
「私は大阪に行きました」
というような文を、おおげさに抑揚を付け、
「ワッタ~~~シュワァァァァ、オッサ~~~カニィィィ、イキマ~~~シタァァ」
と言ったりする。陳腐だけど、英語のアクセントが「強弱」なのだから、こんなふうに揶揄されてしまう。
これに対し、日本語のアクセントは、「ピッチ」(音の高低)である。
英語の勉強のために、とあるYou Tubeを見ていたときのこと。妙に日本語が上手な英語nativeのガイジンらが出てきて指摘したことなのだが、私もこれまで意識したことがない点で、ドキッとした。
「花」と「鼻」は、まあ、日本人がこれら漢字だけを読めば、発音は同じであろう。
しかし、何か付属して発音すると、アクセントが変わるのだ。たとえば、
「大きな花」と「大きな鼻」
「花を買う」と「鼻をかむ」
と発音したどうなるか、試していただきたい。「花」のときはアクセントが下から上に「↗」で、「鼻」のときは平音「↔」に近くないか。
我々日本人は、こういった発音の区別を、生まれたときから聞いているので、ごく自然にできる。
しかし、外国人がこの差を学ぶとしたら、どれほど至難か。
うちのアメリカ人旦那は、そこそこできているようだ。これってすごいことなんだ。目からうろこ。