会社の窓から皇居を見下ろすと、朝の始業前、ランチタイム、そしてアフター5と、ジョギングにいそしむ人たちの姿を多く見かける。ウエアもちゃんとしたジョギング用のものを着て、専門的だ。グループで走っている人たちも見る。内堀通りにそって皇居を一周すると、だいたい5kmくらいらしい。たしか、この辺のスポーツジムには、いくらか払えばロッカーとシャワーだけ貸してくれるサービスがある、とも聞いた。
しかし、5kmなんて、私にとっては「人間が走る距離」ではない。短距離走とか、長距離をゆっくり歩くことならするが、私の辞書には「マラソン」「ジョギング」「長距離走」「持久走」といった言葉は一切ない。42.195kmを走るなんて、体に悪いと固く信じている。あんなに疲れ、怪我までしたり、体に無理が来ることを、なぜあえてするかとすら思っている。女性マラソン選手なんて、胸もお尻もまっ平らではないか。
断っておくが、私は「運動オンチ」ではない。やれば何でもそこそこにできるし、短距離走ならかけっこも早い方だった。
長距離走に関しては、涙が出るほど悔しい思い出がある。
私は、小学校卒業直前に初潮を迎えてから、中学3年間まで、毎月、異常なほどの出血量に苦しんでいた。当時は、今のように多種多様な生理用品がある時代ではなかったから、母に、お産をした人が使う、座布団のような「お産用パッド」を買ってきてもらい、それを使っている始末だった。我が家は、貧しかったが、食道楽で、おかずの質や量なら格段に多かったのであるが、いくら好き嫌いもなく大量に食べても、血液の生産量は、出血量の多さには全然間に合わなかった。学校には、いつも土色の顔をして、ふらふらしながら行っていた。
そんな状態だったから、短距離の走りや水泳にはなんとか耐えられたものの、長距離は絶対だめで、途中でいつもギブアップした。
あるとき、職員室に行ったら、古株のおやじ教師に、突然叱られた。
「なんだ、お前は!いつもそんな土色の顔して!!食べ物の好き嫌いばっかりしているんだろう!!!」
いきなり、頭ごなしにこれである。
中学生の女の子だから、こんな古株のおやじに対し、生理がどうで、などと説明できるわけがなかった。
私は、反論も何もできず、悔しくて、ただただ泣いた。
東京では学校の先生は女性だらけだが、当時は長野という田舎に住んでいたので、先生はみんな男ばかりだったのである。打ち明けられる女性の先生もいなかった。
そんなわけで、私は、中学時代に、この心無い一言が追い討ちをかけ、一層長距離走が嫌いになったのである。10代は、鉄剤(増血剤)が手放せず、本当に、出血との戦いだった。そんな状態で、どうして長距離走ができるだろう。もしこの駄文を読む方の中に、娘とか、生徒とか、身の回りに10代の女の子がいる環境にある男性がいたら、その辺のデリケートさに配慮をお示しいただきたいものだ。私はこの年になったって、未だに、あの古株おやじ教師の一言が許せないくらいなのだから。
その後もずっと鉄欠乏性貧血はあるけれど、若いときほどではなく、今の方が数段健康体である。しかし、それであっても、ジョギングなどには微塵も興味が持てない。皇居のジョガーたちを見下ろして、「物好きなこったなあ」と心の中でつぶやく私である。
しかし、5kmなんて、私にとっては「人間が走る距離」ではない。短距離走とか、長距離をゆっくり歩くことならするが、私の辞書には「マラソン」「ジョギング」「長距離走」「持久走」といった言葉は一切ない。42.195kmを走るなんて、体に悪いと固く信じている。あんなに疲れ、怪我までしたり、体に無理が来ることを、なぜあえてするかとすら思っている。女性マラソン選手なんて、胸もお尻もまっ平らではないか。
断っておくが、私は「運動オンチ」ではない。やれば何でもそこそこにできるし、短距離走ならかけっこも早い方だった。
長距離走に関しては、涙が出るほど悔しい思い出がある。
私は、小学校卒業直前に初潮を迎えてから、中学3年間まで、毎月、異常なほどの出血量に苦しんでいた。当時は、今のように多種多様な生理用品がある時代ではなかったから、母に、お産をした人が使う、座布団のような「お産用パッド」を買ってきてもらい、それを使っている始末だった。我が家は、貧しかったが、食道楽で、おかずの質や量なら格段に多かったのであるが、いくら好き嫌いもなく大量に食べても、血液の生産量は、出血量の多さには全然間に合わなかった。学校には、いつも土色の顔をして、ふらふらしながら行っていた。
そんな状態だったから、短距離の走りや水泳にはなんとか耐えられたものの、長距離は絶対だめで、途中でいつもギブアップした。
あるとき、職員室に行ったら、古株のおやじ教師に、突然叱られた。
「なんだ、お前は!いつもそんな土色の顔して!!食べ物の好き嫌いばっかりしているんだろう!!!」
いきなり、頭ごなしにこれである。
中学生の女の子だから、こんな古株のおやじに対し、生理がどうで、などと説明できるわけがなかった。
私は、反論も何もできず、悔しくて、ただただ泣いた。
東京では学校の先生は女性だらけだが、当時は長野という田舎に住んでいたので、先生はみんな男ばかりだったのである。打ち明けられる女性の先生もいなかった。
そんなわけで、私は、中学時代に、この心無い一言が追い討ちをかけ、一層長距離走が嫌いになったのである。10代は、鉄剤(増血剤)が手放せず、本当に、出血との戦いだった。そんな状態で、どうして長距離走ができるだろう。もしこの駄文を読む方の中に、娘とか、生徒とか、身の回りに10代の女の子がいる環境にある男性がいたら、その辺のデリケートさに配慮をお示しいただきたいものだ。私はこの年になったって、未だに、あの古株おやじ教師の一言が許せないくらいなのだから。
その後もずっと鉄欠乏性貧血はあるけれど、若いときほどではなく、今の方が数段健康体である。しかし、それであっても、ジョギングなどには微塵も興味が持てない。皇居のジョガーたちを見下ろして、「物好きなこったなあ」と心の中でつぶやく私である。