アメリカから帰国したら、母から、これまで抑えられていた父のリンパ癌が、耳の後ろに再発したのが見つかった、と聞かされた。そして、2年前に、点滴による抗がん剤治療をすでに8クール終了しているので、「8クールがMAXのため、これ以上はできません」と医師から言われた、とも話した。はあ、そうなのか。私は今年の正月に、年内には葬式が出ると覚悟していたのだが、果たしていつになるやら。夫は「あのお父さんはまだまだ死なないよ」と妙な保証をするのだが、あまり長びかないうちに旅立って欲しいものである。

さて、話変わって。
ネットを使う世代は、まず手紙など書かなくなって久しい。事務通信とかダイレクトメール以外は、手紙を利用するのは高齢者が中心になったと言ってよい。実家に行ったら「このはがき、出しておいて」と、相変わらずミミズののたくったような字であて先も文面も埋められた父のはがきを託されたのだが、見ると、郵便番号を記載する7つの枠がきちんと書かれていなかった。まず最初の3枠に「049」と書いたあと、それを横線でだーっと消し、その上の余白に「949」と書いてあった。「これじゃ機械で読み取れないでしょう」と思ったのもつかの間、その隣の4つの枠に「 345」と書いてあるのを見た。一番左の枠はブランクである。母に
「どうして4桁ぜんぶ書いてないの?」
と聞くと、
「ああ、そうね」
と言ったが、母も年で、そんな細かいところまで構っていられないらしく、私が預かって、ゆうびんホームページで正しい郵便番号を検索した。正しくは「5345」と埋めるのだったが、数字を読み取れなくなった父は、枠を全部埋めるという作業もできなくなったということだ。ま、そのあと母から聞いたところ、父宛に、全然郵便番号が書かれていない手紙が田舎の友人から届いたそうで、郵便番号がなくても届くといえば届くのだが、しかし、高齢者の不鮮明な筆記や郵便番号漏れ、ミスのある郵便物を運ばなければならない日本郵便はちょっと気の毒だ。とりあえずそのはがきは私が郵便番号を修正して投函した。

昨夜は昨夜で、母からまた仰天するような話を聞いた。父がどうしても、と言い張るので、母とともに高島屋へ行き、25万円もする腕時計を買った、というのである。私は
「に、に、にじゅうごまんえん~~~?腕時計くらいヨドバシカメラに行けば1980円でいくらでも売っているわよ。いまどき100円ショップだって腕時計くらい売っているのに」
と叫んだが、母は、
「もう死ぬんだから、好きにさせてやって。お父さんは、昔から妙に時計にこだわる人で、ずっと『時計が欲しい、時計が欲しい』と言っていたのよ」
と言う。私は
「だって、腕時計ならいくつも持っているでしょ?だのになんでまた」
と言ったが、
「もう死ぬ前の楽しみなんだからほっておいて。お父さんにも何も言わないで」
と母は言った。そういえば、老父は、老人にはとても似つかわしくないG-Shockのようなデジタル腕時計を長年使っていたりと、時計については奇妙な趣味とこだわりがあったようだ。しかし・・・・・ぼけているから、その辺に落としてしまいそうな気がする。母は長年父から虐げられてきたし、稀代のお人よしだし、父も父で言い出したら絶対引かない性格だから、購入もやむを得なかったのであろう、とは言え、はあ、あんな爺さんに25万円の腕時計、ねえ・・・・・私は紛失してショックを受けるような額の腕時計は絶対に買わないのだが。