ワッカーワールドカップの観戦後、日本人サポーターらが、座席の清掃をするシーン。

サッカーに限らないかと思うが、いつから始まったのだろう。いかにも日本人らしい。

日頃、家の掃除すらしない者たちでも、こういうところではきちんと清掃に参加するに違いない。

 

海外のメディアでも、これは広く報道され、賞賛されている。以下はほんの数例。

 

 

 

 

 

こういう行為に、左側からイチャモンを付ける人が出るのもまたいつものこと。

 

津田大介、何言っているのかわからん。ちゃんとした日本語が書けないのか?

 

 

舛添さん、

 

 

ごく限られた期間、ごくごく限られた試合に、サッカースタジアムの日本ファン席だけを掃除したくらいで、清掃業者は失業なんかしない。清掃業務は無限に、永遠にある。

そんなこともわからないなんて、舛添さん、東大出で頭良いのかと思っていたけど、意外。

 

しかし、私にはひとつconcernがある。というのは、イギリスを始め、海外では、歴然とした「階級社会」である国が多々ある。

日本では、別に、社長が便所掃除したって何ということはない、どころか、「あの社長は偉い」と評判を上げたりするくらいだ。

しかし、階級社会である国は、日本人観戦者たちがスタジアムの掃除をするのを見て、

「スタジアムに来ている日本人ってみんな、清掃をする階層なのか?」

と、誤解されないかなあ、というもの。

階級社会ではない日本には、逆に盲点である。

 

つまらんconcernで済みません。

 

 

 

支那のユニクロと言われる「SHEIN」という激安アパレル販売業者が日本に進出した様子。原宿に旗艦店をオープンしたらしい。

原宿なんて一等地に、ナマイキなやつらめ。

いくら爆安でも、これはウイグル人を超々低賃金でこきつかって作られた服なのだ。絶対に、絶対に、買わないように。

日本人には、こんな店に行って欲しくない。店が潰れてくれたら嬉しいのだが、店で売るばかりでなく、当然ネット販売も完備。クソ~。

 

さらには、いかにも支那企業っていつものパターンだが、パクリ疑惑で、数々のところから訴えられているそうだ。

儲かりゃいい、恥も外聞もあったもんじゃない、っていう支那人のメンタリティーが露骨に現れている。

どうしてこんなに、ものまね、パクりを恥じない民族なんだろう?

 

 

しかし、支那企業って、こういう海外進出のブランド名を、支那語クサさのないネーミングにすることには長けているね。

あの動画投稿サイト「TikTok」だってそう。「Huawei」なんて、見ただけでも聞いただけでも支那語なのがバレバレだけど、今度は「SHEIN」だってさ。

 

しかし私、今日のランチは中華料理を食べてしまった。

鍋振っていたのは支那人だったね。

ところで、「○○アルカ?」「●●アルネ」っていう、支那人流のこの日本語パターンって、いつから生まれたのだろう? ふと思った。

 

サッカーのワールドカップ、なるものが始まったのでしょうか?

サッカーには興味が無いの。長い時間走り回っても得点の入らないスポーツは苦手。しまいにゃ、0対0なので、PKなんかで勝敗を決めたりする。あ~つまらん、つまらん。

 

さてと、サッカー自体はどうでも良いけれど、ワールドカップというと、椎名林檎さんが書いた「NIPPON」という楽曲、あれの素晴らしさだけは強烈に印象に残っている。当初、2014年のワールドカップのテーマソングとしてNHKに採用された曲だが、あまりのできばえの良さに、2015も2016も、サッカー番組のテーマ曲を務め続けた。

 

バックバンドの男性たちが、和服姿なのもいいよね~~。ほんと、こんな曲が書ける椎名林檎って、どれだけ天才なんだ?

 

 

 

話は変わるのだけど、昭和の時代に、すぐれた1曲だけが売れに売れ、その後消えて行った(消えてないかも知れないけど)歌手たちのことを時々思い出す。

中でも「異邦人」という、久保田早紀さんの曲は、あれから40年くらいたった今でも、強烈に独特で新鮮だ。

この頃、思い出してまた聞いている。

 

 

この曲は、もともと、久保田さんが「白い朝」というタイトルで書いたのが、音楽プロデューサーの酒井政利さんの耳にとまり、酒井さんが、「シルクロードのテーマ曲」と定めて、大胆なアレンジを加え、シルクロードのイメージに合わせるため、日本に当時なかった楽器まで中東から輸入し、この曲に仕立てたらしい。

つまり、作者の久保田さんのあずかり知らないところにまで大胆なアレンジをされ、久保田さんが予想もしていなかったほどアレヨアレヨと売れてしまったそう。

酒井さんの大胆な作戦によって、原型はかなり変えられてしまったみたいだけれど、時が流れた今、振り返ったら、神からさずかった宝物のような曲になったのでは。こんな旋律、誰にでも書けたり歌えたりするものではない。