<その1>
人によって吉象が全く出ない人と凄いのが出る人がいる。たいてい前者は受け身に過ぎ、自ら発福に足る努力をしない。反対に後者は積極的に行動し、幸せを享受できるに足る以上の努力をしている。
人によって吉象が全く出ない人と凄いのが出る人がいる。たいてい前者は受け身に過ぎ、自ら発福に足る努力をしない。反対に後者は積極的に行動し、幸せを享受できるに足る以上の努力をしている。
吉運だと言われると、棚ボタ的に何もしなくても良いことが起こるんだと勘違いする人が多いのですが、実は吉運というのは「自分の努力が実りやすい時期」というものであって、努力なくして開運などしないのです。
<その2>
四柱推命では、大運、年運、季節運の三つが吉凶をもたらすが、個々人の努力は・・・その質(方向性)と量が十分なら、三つ全てが悪い時期ですら発福に至らしめるものとあり得るのである。
四柱推命では、大運、年運、季節運の三つが吉凶をもたらすが、個々人の努力は・・・その質(方向性)と量が十分なら、三つ全てが悪い時期ですら発福に至らしめるものとあり得るのである。
吉運のときは1の努力で実りが得られるということもあります。
凶運のときは正しい努力の方向と、吉運のときの3倍の努力をすれば実るということもあるのです。
努力の嫌いな人には耳が痛い話かもしれませんが、努力なくして得られるものなんて結局は大切にしないで通り過ぎて行くだけです。
<その3>
ちょっと小難しいことを小賢しく言ってみたかっただけ。要は、【良い時期でも努力せんと無駄に終わりまっせ!】ってこと。全部で5点いるとすれば、三つ全部がサポートしてくれる時期なら、努力の量は2で良いってこと。三つ全部が悪いのなら、8の努力の量が必要。たとえばなし。
ちょっと小難しいことを小賢しく言ってみたかっただけ。要は、【良い時期でも努力せんと無駄に終わりまっせ!】ってこと。全部で5点いるとすれば、三つ全部がサポートしてくれる時期なら、努力の量は2で良いってこと。三つ全部が悪いのなら、8の努力の量が必要。たとえばなし。
これはこのままで良いかな?
※ただし、単なる凶運以上に激しい凶作用をもたらす運もあり、その場合は開運を考えるよりも無事でいることを第一に行動しなければいけない。
<その4>
でも、実際鑑定で努力をしてもらえるようにするには、ある【仕掛け】をしないといけない。それは、少し先の、その人にとってもう[決まってしまっていること]をちゃんと読むこと。これは四柱推命にプラスして卜の占い(易やカード)を使えば、比較的読みやすい。
でも、実際鑑定で努力をしてもらえるようにするには、ある【仕掛け】をしないといけない。それは、少し先の、その人にとってもう[決まってしまっていること]をちゃんと読むこと。これは四柱推命にプラスして卜の占い(易やカード)を使えば、比較的読みやすい。
四柱推命は大きな視点で人生を観るのに適しています。
だから、小さな視点で人生を観ることの出来る卜占を併用することで、しっかりと鑑定が出来るのです。
<その5>
そこでお客さんが「当たった」と感じてくれれば、「こういう努力をこれだけすれば、良い未来が待っている」というアドバイスがちゃんと届く。自分で自分の道を見つけて歩んでいける・・・これがね、運勢鑑定の究極的な目的なんです。
そこでお客さんが「当たった」と感じてくれれば、「こういう努力をこれだけすれば、良い未来が待っている」というアドバイスがちゃんと届く。自分で自分の道を見つけて歩んでいける・・・これがね、運勢鑑定の究極的な目的なんです。
占いをカウンセリングと勘違いしている人も最近は多いのですが、運命学でしか分かり得ぬこともあるのです。
そこをアドバイスしていくのが「占い師の本分」であり、そこを見失ってはいけません。
求めるべき自分自身のあり方・生き方をしっかりと運命学によって照らすのです。
<その6>
この業界、鑑定をお金儲けや自己顕示欲を満たすための道具としてしか見ていない鑑定士が非常に多いんです。そういう人たちには、【依存的な】お客さんが多い。常連さんという意味ではないですよ?まるで鑑定士がこの世の全てであるかのように、お客さんが自分の重さを委ね切ってしまっているんです。
この業界、鑑定をお金儲けや自己顕示欲を満たすための道具としてしか見ていない鑑定士が非常に多いんです。そういう人たちには、【依存的な】お客さんが多い。常連さんという意味ではないですよ?まるで鑑定士がこの世の全てであるかのように、お客さんが自分の重さを委ね切ってしまっているんです。
お客さんを依存させることによって日銭だけを稼いでいる占い師も多いですが、それは結局何の運勢鑑定にもなっていないのです。
<その7ラスト>
誰かに道を示してもらうというのは良いでしょう。道を決めてもらうというのも、時として必要かもしれません。でも、お客さんが分かれ道の度に決めてというのなら、それは鑑定士としては二流以下です。僕の灯は、あくまでもお客さんが自分で灯をともせるように照らすものでなくてはならないのです。終
誰かに道を示してもらうというのは良いでしょう。道を決めてもらうというのも、時として必要かもしれません。でも、お客さんが分かれ道の度に決めてというのなら、それは鑑定士としては二流以下です。僕の灯は、あくまでもお客さんが自分で灯をともせるように照らすものでなくてはならないのです。終
運命学の徒の本文は、おんぶに抱っこで人を導くことではありません。
自分の生きる道をしっかり歩めるように、途中までの光を灯すこと、これが目的なのです。
だから分かって欲しいこと。
人は努力の方向と量が分かってそれをしてくれるのなら、その人生の中で幸せになれるということです。
それが分からないから、たとえば無限の富が欲しい等という愚かなことを言い始める人もいるのです。
僕が本当に運命学を通して伝えたいことは、そういうことなんです。
幸せの気づきをあなたに・・・・・・!!
幸せの気づきをあなたに・・・・・・!!
開運アドバイザー・易者 武部泰莞
ホームページ:運命学とキネシオロジー
http://takebetaikan.jimdo.com/