ポルーケと言う名前の国を知る人はあまりいないかと思う。事実、私もある伝承を耳にするまではその存在すら知らなかった。紀行ライターとしては恥ずべきと鼻白む向きもあろうかとは思うが、あまりにこの国は遠く、我々の生きる現実とは掛け離れているのだ。
まず、ポルーケはカリブ海、ジャマイカ領に属する小さな島である。国内に流通する地球儀や世界地図ではおそらく、見つけることは不可能であろう。砂漠に落としたピアスを探すよりも困難な作業になるかもしれない。なぜなら、ポルーケは正確には国ではない。
そこに住む人々、近隣国によってのみ存在を黙認されている一つのコミューンのようなものなのだ。
20世紀の半ばを過ぎてから、ようやくその小さな島に生息するヒトが確認されたのだ。
19世紀から20世紀の初頭にかけて、ポルーケは名前すらない単なる孤島として、一つの役割を担っていた。
“流刑地”だったのである。つまりは罪人たちが島流しの刑に処され、ポルーケに運び込まれた。その多くは不法入国を果たした移民たちだったらしいが、ポルーケで使われる言語がラテン語とスパニッシュであることから、中南米系の子孫であることが推測される。
島のほとんどが湿地帯、スコールのない日は年に十数日というほど雨が降り、湿度は年間を通じて90パーセントを切ることがない。
超のつく高温多湿の国なのである。刑にふした罪人たちが生き延び、認可がないとは言え一つの国家を形成するようにまで存続するとは、おそらく誰も想像しえなかったであろう。
現在、ポルーケには三百人~五百人程度が生活していると言われている。推定に過ぎない。誰も正確には把握できない。
外交もなければ、文明の有無も確認されていない、言わば秘境、ロストワールドなのである。
私を秘境に駆り立てるもの……それは単なる噂話に過ぎないかもしれない、ポルーケの中央にある沼「イズーリ」に伝わる伝説だ。
イズーリとはラテン語で「神の吐瀉物」を意味する。
神のものであれ吐瀉物、やはり汚泥の沼なのか。いや、吐瀉物とは言え、神の吐き出されたものである、神々しい光を放つ泉なのかもしれない。
どちらも違うかもしれない。
ただ、月が真円を描く夜、雨上がりのイズーリには、奇跡の水が沸き上がるのだと言う。
どのような奇跡をもたらす水なのか、それは不明のままだ。
だが、イズーリの水がポルーケを支え続けるとも聞く。
私は奇跡の瞬間を夢想しながら、現実に属する我が国を旅立った。