バイバイ、ジュビリー | ワールズエンド・ツアー

ワールズエンド・ツアー

田中ビリー、完全自作自演。

完全自作、アンチダウンロード主義の劇場型ブログ。
ロックンロールと放浪の旅、ロマンとリアルの発火点、
マシンガンをぶっ放せ!!

魔女の爪みたいに鋭くて尖った冷たい風のなかをゆく。昨晩降った雨……知らないうちに雪になっていたかもしれない……が水溜まりを凍らせて、泥を混じらせた土色のリンクで歓声をあげる子供達の姿が見えた。
黄色いスケート靴を履いて赤いダウンジャケットを着ていた。灰に染まった視界に眩しい原色。
まるで妖精。
僕は沈黙した街をひとり歩いていた。
表面が凍り、ぱりぱりと枯れ葉を踏むような音がついてくる。
彼女が待つ、この街でいちばん大きな病院へ。
不慣れな口笛を鳴らすと北風がいっそう強くなった、そんな気がした。

宇宙船ジュビリーが消息を絶って2度目の冬になる。航空宇宙局はアーク計画を凍結し、ジュビリーの探索船をソラに向かわせた。ジュビリーの残したと思われるスペースダスト、船体から剥がれたチタン板や一部のモーターが闇に行き場もなく漂ったままになっていたらしい。
だけど、肝心の船体は見つからなかった。熱を放射した痕跡もなく、レーダが検知したのは浮遊する、あるいはどこかへ流されてゆく小さな石ころだった。
早々に探索は打ち切られジュビリーはやがて人類が打ち上げた数々の宇宙船……それが成功だったにせよ、そうでなかったにせよ……の一つになり、そもそもの目的、未知の生命/文明とのコンタクトという大義も忘れ去られた。
時間の進行に逆らえるものは何一つないのかもしれない。
僕らは時間に生かされ、時間に殺される。
それは悲しいけれど、冷酷な事実だった。

今年の冬は冷えるね、そう彼女は言った。暖房が効いた個室、歩いてきた僕は汗ばむくらいでコートを脱いだが、彼女はガウンを着て毛布をかぶり肩にはブランケットを羽織って、さらに僕のコートを抱きしめた。
調子はどうかな、僕は尋ねる。
彼女は黙って首を振る。
そんな日もある、僕は何度繰り返したか分からなく、使用頻度が高すぎて力をなくした言葉で彼女を励ます。
彼女は重く熱のある息を吐く。
ずいぶん痩せた。柔らかかった頬は切り取られたみたいにこけ、目は落ち窪んでいる。

明日、また来るよ。
しばらく話した後、僕は立ち上がった。
気をつけてね。
彼女は窓の外を眺めていた。

病室で話したひとつひとつを反芻しながら、来た道を帰る。
子供達はもういない。
街灯の下でタバコに火を点けて、星のないソラを見上げる。
ちらほらと雪が舞いはじめた。手の平で受けた花は溶けて消えた。
僕にできることなんて、何もない。


その夜、病院から電話があった。彼女だった。
「ジュビリー、見つかったのよ」
意味が飲み込めず、僕は少し考えてから慌ててテレビをつけたが、そんなニュースは流れていなかった。だけど、いつになく張りのある力のある声だったので、否定せずに耳を傾けた。
なんだっていい。少しでも声を聞いていたい。
「やっぱり、ベルカにいるみたい。ジュビリーはなかなか元通りにならなくて、クルーはずいぶん歳を取ってしまったみたいだけど、でも、みんな元気にしてるって」
ベルカ。時間が早く過ぎる星。彼女が想像し、創造した新しい星。
ずいぶん遠くに来た、そんな気がした。
「そう。君が前に言ってたとおりなんだ」
「そうよ。あたしの予想はよく当たるの。知ってるでしょう」
ああ、僕は笑顔になる。彼女は話し続けた。
クルーのなかにひとり、女性がいたじゃない。あの小柄な、わりにきれいな娘。あの娘、メカニックの彼と結婚したのよ。痩せてて、なんだか神経質そうな姿勢の悪かった人。覚えてるでしょう? 「これが宇宙に行く奴かよ」って、会見を見ながら笑ったじゃない? ひとり、不機嫌そうにしてた若い……あたしたちと同じくらいだった人。
あのふたり、ベルカで結婚して幸せにしてるみたい。あのキャプテンて呼ばれてたおじさんはすっかりおじいちゃんになってね、足腰を鍛えるためにジョギングがかかせなくて、メガネをかけた太った人は重力が違う、食べ物も違うベルカですっかり痩せて別人みたい。
でも、ベルカはやはり素敵な星で、夏には流星雨が見られて、冬には虹色のオーロラが見られるの、ベルカはまだまだ地球みたいな科学がなくて、ビルのひとつもなくて、クルーは掘っ建て小屋みたいなのに住んでる。
だから、きっと、きれいなものがたくさんあるんだよね…………。
彼女の話は夜の間、途切れずに続いた。
僕はブラインドを開け放してベルカを探した。雲に隠れ、ひかりは見えないままだったけれど、僕と彼女の間にはこの冬いちばんの暖かい時間が流れた。


朝焼け。オアシスのモーニング・グローリーがステレオから鳴る。
朝焼けの栄光。

なあ、ジュビリー。地球を見ているか。相変わらずの世界で、抱えきれないくらいの悩みを引きずり回しながら、僕らは生きてるんだよ。
なあ、ベルカ。星に願いをたくすよ。君は僕の恋人が創った星だ。創星主なんだ。ひとつだけなら願いを叶えてくれるだろう。
ありがとうジュビリー。
僕にはまた朝が来た。今日また恋人のところへ行くよ。退屈な仕事を済ませて、彼女に会って、またギターを弾いたり詩を書いたりする。

ひとしきり話した後、彼女は「眠るよ」と言って電話はきれた。
僕はいつもと同じ朝を用意して、そして見慣れた街に出た。
立ち止まり、ソラを見上げる。
バイバイ、ジュビリー。
僕は呟き、再び、歩きはじめた。