ジュビリーが消えた夏 | ワールズエンド・ツアー

ワールズエンド・ツアー

田中ビリー、完全自作自演。

完全自作、アンチダウンロード主義の劇場型ブログ。
ロックンロールと放浪の旅、ロマンとリアルの発火点、
マシンガンをぶっ放せ!!

宇宙船ジュビリーからの交信が途絶えて数ヶ月、季節は移り初夏を迎えていた。木々は生まれたばかりの柔らかくつややかな緑を繁らせ、渡り鳥が巣をつくり始める。
雨季が訪れる前の湿度の低い風が体を滑る。この季節に吹く風は「神様のあくび」なんて言われてる。陽光が地上を優しく見つめ、その心地の良さに人々は世界にある不幸や悲しみや争いや、その他キリがないほどのネガティブな出来事を忘れてしまう。
少なくとも、いま、この世界はそんな空気に満ち溢れていた。

ジュビリーは新たな星、未知の命とその営みを探索するために飛び立った人工の翼、アーク(方舟)計画の要だったが、ミルキーウェイを通過したあたりから通信機器に障害が発生したらしく、一日に5度の定期連絡は3度になり、二日に一度になり、そしてジュビリーのクルーを映すモニタは乱れ砂嵐になり、やがて、音声も途切れ、完全に通信は不可になった。

憶測が憶測を呼び、そしてそれが根拠のあるものでもそうでないものも、悪意から生まれた出鱈目さえも飲み込み、形を変えて、やがて現実のように語られていた。
未発見の深海魚を想像するのと同じだ。グロテスクさが好まれ、奇異に満ちた噂ほど伝播が早い。
たちの悪い伝染病と同じだ、僕はそう思った。

ジュビリーはまだベルカを目指して飛んでるよ、私、そんな気がするんだよね。彼女は時々、ふと思い出したように言う。
ベルカというのは彼女とつけた新しい星の名だ。
子供のころに隣に住んでいた友達の名前らしい。
今はどこで何をしてるのか、連絡先さえ分からないのに、彼女のなかに生き続けてるベルカ。
思い描くいまのベルカは私よりずっときちんとした大人になっていて、当然、足も良くなってて、たぶん、編集者とかアパレル関係の仕事をしてるのよ。
ベルカは生まれつき左足に軽度の障害を持っていたらしい。真っすぐ歩いてるつもりでも、気づいたら少しずつ左に寄ってしまっていた。彼女から聞いた話だ。

僕と彼女は週に一度だけ逢う。僕は生活費稼ぎのための退屈な(想像性がまるでない、そういう意味において)工場仕事をして、夜はギターをつまびきながら少しだけウイスキーを飲む。
詩を書いて、それは定期的に雑誌に掲載されるが、取るに足らないささやかな額なので、それで生活できるわけもなく、詩の原稿料で彼女に小さなプレゼントをする。
彼女は小さなアパートメントに住み、週に4日を大学にある図書館で、2日を知り合いが経営するレストランでウェイトレスをしてる。
土曜の夜から、日曜の夕方、彼女がレストランに働きに出る時間までが二人に与えられたギフト。
今のところは、そんなふうに生きてる。

惑星ベルカには美しい心を持った人々だけが住んでいて、たどりついたジュビリーのクルーは手厚い歓迎を受け、故障した船を修理してる。あまりに遠い星だから地球とは通信が取れなくて、彼らは恋人や家族や友人を毎日毎日心配してる。
彼女は本気でそう思っているみたいだから、僕はそれについて何の反論もしない。
「そうかもしれない。それならいいね」
そう言うだけだ。事実、ジュビリーの行方は誰にも分からず、彼女の意見がまるで妄言だとする根拠もないのだ。
でも、と彼女はため息をつく。
「ベルカは時間の流れ方が早いのよ。地球よりずっとずっとね。だから、彼らが地球に戻ってきたとき、もう彼らはずいぶんな歳になってるわ。そんなの可哀相だよね」
まるでお伽話だ。
だけど、そうかもしれないとも思う。

銀河に消失した宇宙船ジュビリー、彼らは今、何を思うだろう。
僕は彼女の肩を抱く。それができるだけでも、幸せなのかもしれない。

窓の外の夜は星々が瞬いて、宇宙に繋がっているのが分かる。
ナイフみたいに尖った三日月は黄金で、ベルベットみたいにしなやかで濃い闇を切り裂いているみたいだった。