白く瞬く光。
生まれ変わった太陽が新たな日を始めようとしていた。
発光する空、それを眺めている。
眉を寄せ、目を細めてなお、僕は挑むような眼差しで光を睨み続ける。
僕は名を持たない。
かつてつけられた名はすでに自分の意思により放棄され、葬り去られた。しがみつく影を捩り切るように。
語りたい過去はあるけれど、それを聞く者はいなかった。
名乗れない者は、この世界において不在と同義だということを僕は知っている。
少ない荷物をバックパックに詰め込み、僕は砂漠に点在するモーテルのひとつを後にした。
聖母が刻まれたジッポライターでタバコに火をつけ、大きく吸う。
そして吐き出す。煙が砂まじりの風に流れて、再び、歩き始めた。
ムーン・バレイ。月の谷と呼ばれる広大な砂漠を旅している。
目的らしい目的はない。
強いてそれを言うなら、近く昇るはずの「赤い月」を見届けるためだ。
赤い月。それはこの世界が終わる夜に現れると言う。神話なのか伝承なのかは僕も知らない。
世界の終わる夜を見てみたいだけなのかもしれないし、そこに訪れる誰かと話をしてみたいだけなのかもしれない。
滞在できる時間は無限ではないが、焦りはなかった。名前同様、ほとんど全てを置き去り、なきものにしてきたからだ。
立ち止まり、一握りの砂を掬う。指の間からこぼれてゆく粒。手を広げてみる。白く輝きながら風に奪われ、さらさらと流れてゆく。
追い求め、手にしたつもりだったもの。
感傷的になる胸に吹き抜ける砂の風。
振り返るのをやめ、僕は右足を踏み出した。
ティコは赤く染まる月を何日も待っていた。変わらない月が昇るたびにため息をつき、けれど、眠ってしまうこともできなかった。眠っている間に変色する可能性があるかもしれないと思っているからだ。
昼夜は逆転し、彼女は始めたばかりの(そして、終末が噂される時代においては数少ない)アルバイトを辞めることになった。
別にいい、ティコはそう思う。
どうせ、この世界は終わっちゃうんだから、お金なんかいらない。未払いのままの家賃も、最近買ったばかりのゼブラ柄の野性のシマウマみたいなワンピースのローンだって支払わなくていい。
私は世界が終わる瞬間を見てみたい。
朝が訪れ、空腹を感じたティコは冷蔵庫に置いたまま期限が切れたパンプキン・ロールにかぶりついた。砂糖をまぶしたスチロールみたいだったから、ベッドサイドテーブルの赤ワインを喉を鳴らして飲み干した。
このまま待っているだけじゃ、何も起きないままかもしれない。
部屋の隅に散らかった、新聞や広告を手当たり次第に目を通す。
「ムーン・バレイに集う人々」の記事がある。
世界の最後をパーティのように振る舞う、不謹慎な人々を批判的に書いた記事だった。
これだ。
ティコは立ち上がり、その新聞をくしゃくしゃに丸めて、ジーンズのポケットに突っ込んだ。
行ってみよう、ここへ。アパートになんかいても変化はない、このムーン・バレイに行けば、きっと何かが変わる。
眠気は消し飛び、彼女は慌ただしく旅の用意を始めた。