2012年7月、二回目の妊娠。
生理予定日一週間後に受診すると、砂粒のような胎嚢が確認できた。

もうこの時は有頂天で、「ギリギリ3月産まれかー。姪っ子ちゃんと同い年だ。比べられちゃうかな?」なんて呑気に話していた。

翌週の検診。
内診した瞬間胎嚢が見えて喜んでいたら、先生が困った感じで
「うーん。ちょっと胎嚢が小さいね…。胎芽も見えない。」
と。
さらに翌週。
「7週だともう心拍が見えていてもおかしくないけど、胎芽も見えない。今回は育つことのできない卵だったのかも。」

念のため、もう2週診てもらった。
9週になっても胎芽はみえなかった。
人工授精のため排卵日のズレもありえない。
2012年8月、二回目の稽留流産が確定した。

実は6週ごろから少量の出血が続いており、私も少し覚悟していた。
そのため、その日たくさん泣いたら気持ちも切り替わり、手術後には「よし!もうひと踏ん張り頑張るぞ!」と前向きな気持ちでいられた。

余談だが、今回の手術終了直後、麻酔から覚めるか覚めないかのところで、看護師さん二人がお盆について話していた(8月だったので…)。
それを聞いた私、病室に運ばれたあと朦朧としながら「お盆…お盆…」と呟いていたらしく、病室で待っていた旦那が大層怖がったらしい。

不妊治療をしていたくせに、人工授精と体外受精の違いもわからなかった。
看護師さんに丁寧に説明してもらう。

一回目の人工授精。
旦那の精液を提出し一時間半後(だったかな)に診察。
痛みもなくあっという間に注入措置が完了し、五分間診察台で安静にする。
精製した精液の所見を聞き、抗生物質とルトラールを処方され終了。

想像以上に簡単に終わった。
注入した精子の数を見て驚くとともに、これなら妊娠できるかも、と思う。

が、そんなに甘くはなかった。
妊娠の「に」の字もないまま人工授精5回目まで終了。
この病院では人工授精6回を目安にステップアップするので、次が最後のチャンスだった。

6回目の人工授精終了後、先生が「もう6回目だし、明日も人工授精しようか」とおっしゃる。
そんなことできるのねーと感動したものの、明日もなんて旦那は平気だろうか…と不安を覚える。
帰り道、鰻やらアボカドやら精のつく食べ物を携帯で調べまくって購入。

なんとか無事に6回目の人工授精その2が終了した。
どうもルトラールを飲むと生理が長引いたり出血の仕方がおかしくなるので、今回はHCGの注射に変えてもらった。

そして生理予定日。
このころになると妊娠検査薬の陰性に慣れてきて
「いやー。全然妊娠してる気しないわー。無理無理。一応やってみるだけだし!」
と自分が傷つかないよう言い訳しながらトイレに入るようになっていた。

と、
まさかの陽性。

人工授精6回にてついに二回目の妊娠を果たしたのである。

稽留流産後、生理を三回見送って子作りを開始してよいとの指示。

一回目の妊娠が特に意識せず簡単にだったので、二回目もすぐだろうと考えていた。

しかし、できない。

子作り解禁が2010年秋頃で、気がついたら2011年春…。
私は婦人科に通院を決めた。

選んだのは神奈川県の愛育レディースクリニック。
とても気さくな男性の先生で、排卵日を確認してタイミングを取りつつ、各種検査をしていくことになった。

結果は、私も旦那も特に問題なし。
激痛だと噂の卵管造影もやった。
特に痛くはなかったが、ズーンとお尻の穴に重みが!
あれはなぜだったんだろう…

特に問題なかったのでタイミングを続行。
何もないまま秋を迎えた。

子作り開始から一年、かすりもしない虚しさから一ヶ月間病院をサボる。
そして2012年1月、気合いを入れて病院に行くと先生が女医さんに変わってる…!

女医さんは気さくで丁寧で優しかった。
「うーん。これだけタイミング取ってできないなら、AIH(人工授精)に進む頃合いじゃないかな?」
え!そうなんですか!
私はAIHを決意した。