「ねぇ、お願い!生徒はたくさんいるからわからないよ」

 

音大の声楽科2年生の友人は

 

レッスンに連れてゆくピアノ伴奏者を探していた

 

学内では見つからず

 

やむなく1つ目の大学を中退して浪人生活を送る私に声をかけてきた

 

曲目はモーツァルトのコシ・ファン・トゥッテ

 

仕方なしに練習して友人のレッスンについていった

 

大学のレッスン室に入る

 

浪人生とバレないだろうか、ドキドキする

 

友人が私を教授に紹介する

 

「ピアノ科2年の新神由利恵さんです」

 

あわてて、私は頭を下げる

 

教授「はい、ピアノ科2年新神さんね、ではレッスンしましょう」

 

ピアノ科2年らしく、しっかりと声楽の伴奏をする

 

教授「あら?新神さん、ピアノ良く弾けてるわよ」

 

はあ〜、良かった〜  

 

こんな調子で1年間ピアノ科2年を演じ続けた

 

そして浪人生活も終わりが近づき

 

自分自身の音大入試がスタート

 

苦手な声楽の試験、緊張マックス!

 

自分の番号が呼ばれ、1人で試験室に入ると

 

並んで座る試験監の中に

 

1年間、ピアノ科2年と信じ込ませてしまった教授がいたのだ!!

 

終わった〜!!どうしよ〜!

 

お互い目が合い、固まる教授と私

 

教授、ごめんなさい

 

本当は浪人生だったのです

 

弱気になると自分の演奏に影響が出るため

 

私の脳みそは瞬時に女優になることを選択した!

 

私は教授が誰なのか存じ上げませんが

 

私の歌唱力であなたの心を魅了してみせます!

 

声楽が苦手なはずの私が

 

女優魂が援護して

 

大劇場で歌うプリマドンナのように

 

堂々と歌い上げた

 

試験監督たちから

 

おいおい、これは試験であって

 

あなたのコンサートではごさいませんよ

 

という声が、聞こえてきそうなほどの

 

私の熱演ぶり

 

それが功を奏したのか

 

苦手な声楽科目も無事合格することができたのであった