重い沈黙の中、ベンツはジュネーブ空港に到着。検問所を通過した後、空港内の郵便局前で停車した。局長の案内でどんどん奥の方に進んで行った。「ここがあなたの見たがっている場所です。ご自由にご覧下さい」と局長。
「ほんまや!ちゃんとOSAKAの枠がここにあるやないか。感動した!納得した!」とB君はその木枠の郵便物を見ながらニコニコしていた。それを見て局長とお付きの運転手はホッとしているようだった。



パリ・マドリッド10日間家族旅行記


僕が思うに、彼らはB君を日本政府が派遣した抜き打ち監査と思ったのではないか。その証拠に、通訳(つまり僕のことですな・・・)まで付いてるではないか。
広いガラスを通して飛行機が見える作業場を去ると、別室に案内され、紅茶を頂いた。「ご満足ですか」と聞かれ「そうやな、長年見たいと思っていた物を見たので、非常に満足してる」と鷹揚な言い方でB君は満面笑みで答えた。

「それでは、中央郵便局までお送りします」ということで、帰りもやはり重い沈黙に包まれたまま、元の場所に帰った。そして、サヨナラの挨拶をして僕たちのプチ外交官ツアー?を終えたのである。


道草話をしている間に列車はそろそろイタリアに入国しそうだ。

スイスの話はこれで終了。


(写真は'78年春、ジュネーブにて)




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 シャモニーからジュネーブにやってきた。レマン湖に噴き上がる巨大な噴水 や花時計や坂の多い石畳道の旧市街を観光した後、郵便局 へポストカードを出しに行った時の出来事を記したい。切手を貼り絵葉書を投函して帰ろうとした時、B君が「いつも大阪中央郵便局で業務している時、この手紙はどのように相手国に届くのかを出来れば見たいものだと思っていた。そこの窓口にその旨を通訳してくれないか」と言い出した。




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えぇ?!じゃま臭い事を言いだしたなと咄嗟に思ったが、それも一興かもと思い直し、「分かった。言ってみよう」早速その旨を窓口の男性に伝えると、「日本のどこの郵便局ですか」と訊くので、B君に伝えると、黒い牛革のジャンパーに両手を突っ込んで堂々とした態度で、「大阪中央郵便局からやと言ってくれ」と言う。そう伝えると、じっとB君を観察した後、「ちょっと待ってください」と言って去って行った。
数分後、僕たちのそばに来て、ついて来るようにと言う。壮大な建造物の2階の一室に案内された。そこには、局長がいて椅子から立ち上がり、僕たちにソファーに座るよう勧めた。



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「で、大阪からジュネーブに届いた郵便物を見たいのですね?」「そうです」と答えると、彼はB君をちらっちらっと一瞥して、あまりにもB君の態度が堂々としているものだから、職員の証明書の提示要求もしないで「分かりました。今車を用意しますので少し待ってください」と言ったのである。
10分後には僕たちはベンツの後部座席に座っていた。
国賓級の扱いだ。こうなったら行くところまで行くしかないと僕も腹をくくった。


(写真上・'78年当時のジュネーブ旧市街、下・B君、地元の子供たちと)






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やがて層の厚い雲を通り抜けた!
 突然、真っ青な空に雪を冠したアルプスの頑強な岩山が目に飛び込んできた。凄いね、驚いたね、スケールが違うね…ノンストップでまだまだケーブルは登って行く。
富士山より僅か高い3842mのエギーユ・デュ・ミディ山頂 に到着。そこから更にエレベーターで展望台に向かう。



パリ・マドリッド10日間家族旅行記


この画像は「格安海外旅行術」よりお借りしました


そんなに広くない展望台に着くと、B君は熱心にカメラのシャッターを押していた。暫し二人ともにこの白銀の美しさに見とれていた。太陽の光線が強くて、サングラスの必要性を感じた。モンブランがよく見えた。名前の知らない山が他にもたくさん見える。ここからさらにロープウェイが続いていて、イタリアへも行けるらしい。滑り始めるスキーヤーもすぐそこにいる。
とにかく、青い空と白い山、下は白い綿雲、それしかない世界だ!
奮発して登って来て良かったと寒さで震えながら思った。


 
  
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 夜中にスイスのイミグレーションで入国のスタンプを押してもらって、無事スイス入国! 早朝St Gervaisで乗り換えて、モンブランの拠点の町、シャモニー へ向かう。事前に山に詳しい友人から宿泊先の情報を得ていたので、B君と二人で駅で貰った地図を水先案内人にその簡易ホテルを探す。意外と簡単に見つかった。大部屋に簡易ベッドが並ぶユースホステルのような登山愛好家向けのホテルで、値段も物価の高いスイスにしてはリーズナブルだ。確か素泊りで一泊3500円ぐらいだったように思う。




パリ・マドリッド10日間家族旅行記



荷物を置いて、外に出て空を見上げると真っ白な雲ばかりだ。これは今日はロープウェイでエギーユ・デュ・ミディ展望台 に登るのは良策じゃないなと思っていると、B君は登ると言う。ロープウェイ代も高いし、それほどヨーロッパアルプスに興味もないし、僕は下で待つことにした。
しかし、彼の乗った車両がロープウェイをどんどん登りついには雲の中に消えるのを見て、また駅にスキーヤーの姿を見て、これはひょっとして雲の上は晴れてるのではないかという考えが浮かんだ。



そうだ、せっかく遥かユーラシアの極東からスイスに来たのだから、ケチらず登ってみようという風に考えが変わった。往復5、6千円のチケットを買って数人の夏スキーを楽しむ若者とともに結構広い車両に入った。椅子はない。みんな立っている。動き出した車両は一本だけのロープウェイにぶら下がって、B君を追っかけて、凄い急傾斜な山をスルスルと音もなしに、思っていたよりも早い速度で登っていった。


(写真は'78年当時のシャモニーの街)




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 翌日から3日間定番のパリ観光をした後、明日から夜行列車でスイスへ移動しようという夜、アンバサダーホテル泊の女性二人のおごりで一緒に食事することになっていた。彼女たちは知人のいるドイツへ行くとのこと。後で知ったが、その日はB君は一日中彼女たちのショッピングに同行させられ、いわゆるアッシー君だったらしい。



夕方、約束の時間にサン・ミッシェル広場 の噴水前で会ったが、B君は疲れているようでいつもより口数が少なかった。どのレストランに行くかは僕に任されていた。ここはどうかなと以前から目を付けていたフレンチ・レストランに思い切って入った。「ずいぶんショッピングに連れ回してごめんなさいね。好きなものを注文してください」と彼女達が言うので、僕はペッパー・ステーキ を頼んだ。今度のドイツは知人が鉄道の駅に迎えに来てくれるので安心だと言っていた。



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お勘定の段になって、僕達男性がドリンク代を払う言おうとすると、B君がテーブルの下で僕の足を蹴った。
すると「いいえ、いろいろとお世話になったので、私たちが全部持ちます」となって、タクシーで去って行った。
ブール・ミッシュ (ブールバールサンミッシェル大通りの愛称)を歩きながら、なぜ僕の足を蹴ったのか訊くと、「さんざんショッピングに付き合わされ、荷物も運ばされ、長時間店の外で待たされたのだから、全額支払ってもらって当然なんや」と鼻息が荒かった。僕たちのホテルに着く頃には怒りも収まっていたが。



その翌日、早い目にオーステリッツ駅に到着。そこでコーヒー飲んだりして時間をつぶし、愈々初めてユーレイルパスを使うことになる。駅の窓口で今日の日付を記入してもらった。間もなくするとジュネーブ行 の列車が静かにホームに入って来た。僕たちは慣れない振る舞いで一等のジュネーブ行の車両に乗り込み、コンパートメントに入り、リュックを棚に載せやっと一息ついた。何のアナウンスもなく、列車は静かに動き出した。生まれて初めての国際列車だ。興奮しないわけがない


(本来バルセロナからローマへ列車で移動中の設定ですが、現在脱線中でパリからスイスへ向かう話になってます・・・。)


(写真は’78年当時のブールミッシュ付近風景)



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