昨夜フェリー客船から降ろされた近くのビルの日陰に座って、お互い自己紹介し始めた。二人とも半袖のブラウスとヒラヒラのスカート、ふちのある帽子といったバカンス気分満載の涼しげな恰好をしていて、小柄な方の女性がロンドンに語学留学していて、彼女を訪ねてもう一人の背の高い、なかなかの美人の女性がこの夏休みに日本からやって来たらしい。

ロンドンに馴れた所で、フランス、イタリア経由でギリシャへ行こうとなったとのこと。僕は日本を出て70日になることと自分の辿ったヨーロッパの都市を紹介した。僕は後10日程で帰国するが、彼女たちは後1ヶ月は旅を続けてからロンドンに戻ると言った。



3時頃、まだビクビク気味の彼女たちを連れてメイン通りにあるセルフサービスのイタリアレストランに行って昼食を取った。食後さらにいろんな話をして時間を潰し、やっと夕方になったので、ホテルに戻って2人の荷物を取りに行った。再度港に戻ってチケットを買って、6時発の早い便の乗船が始まり、彼女たちを見送ってやっと僕のボディー・ガードのお役御免と相成った。



パリ・マドリッド10日間家族旅行記



一人になった僕が預けたリュックを取りにホテルに向かって歩いていると、黒っぽい車が僕に近づいてきた。見ると、そこにいたのはサングラスをかけた問題のヨルダン人だ。「あのエジプト人に伝えておけ。俺はナイフを持っているからな。覚悟して待っておけ」と。

そんなこと言われても、困ったなと思ったが、「分かった。伝えておく」と言うと、アクセル踏んで去って行った。



ホテルに帰るとまだエジプト人がいたので、伝言すると「気にしなくてよい。勝手に言わせておけばよい」とまったく相手にしていなかった。「いろいろありがとう、さようなら」と言って僕はリュックを担いで駅へ向かった。
それにしても、ギリシャにも行けず、ボディー・ガードまがいのことをして、一体俺は何やってんだ? まあ、気分変えてローマに一旦戻ろう。そこからフィレンツェ、ベネチアかなと列車を待ちながら漠然と思い描き始めた。


(写真は'78年に行けなかったギリシア、'98年に撮影)


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 翌朝、同室のエジプト人と朝食を食べに近くのカフェに行こうとフロントのそばを通過しようとした時、二人の日本人女性に出会った。僕より少し年下で、今からヨルダン人の男性とドライブに出かけるらしい。昨日ブリンジシの町に着いて観光している時に知り合ったとのことだった。
ふと見ると、鼻の下にひげを生やした背の低い、まさにその人物が車から降りてきた。それを見るや否や「あの男は危険だ。絶対一緒に行ってはいけない、と彼女たちに伝えなさい」と小声でエジプト人が僕に言った。で、すぐにそのように伝達すると、彼女たちは一瞬お互い顔を見合って相談して、英語の堪能な小柄な方の女性は、うまく理由を考えて今日のドライブを巧みに断わった。


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するとそのヨルダン人は何故だ、あれ程楽しみだと言っていたのがどういう訳で急変したのかと詰問する。すると僕の横にいた背の高いエジプト人が腹の座った声で、「彼女たちが嫌だと言ってるのに、しつこいぞ。いい加減にしろ」とアラビア語で分からなかったが、多分そう言ったように思う。ヨルダン人はえらい剣幕でエジプト人に食ってかかったが、彼女たちが僕たちの側に来てしまったので、何か捨てセリフを言って去って行った。



近くのカフェの通りに面した小さなテーブルを囲んでエジプト人からいろいろアドヴァイスを受けるにつれて、彼女たちは再度そのヨルダン人に出会うのを極度に怖がり出した。「今夜のギリシャ行きの船に乗るまでずっとそばにいて欲しい、と僕に頼んで来た。どのみち(どちみち)今夜の夜行列車でローマに戻るつもりだったから、「いいですよ。6時頃までなら」と言ってしまった。

エジプト人は間もなく去るらしい。

真相は分からないが、様々な事がこのような国際的港町では起こりうるということは否定できない。だから用心するに越したことはない。




というわけで、同じホテルに宿泊していたぼくたちは一旦ホテルに戻って、夕方まで荷物を置いてもらうよう頼んだ。そして、まだ11時前だけど港に行って暇を潰すことになった。思いがけないことで、僕はbody gardを申しつけられることになったのだ。


(写真は'78年には行けなかったギリシア、イドラ島ー'98年に撮影)




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 駅に向かって歩いていると、HOTELのネオンサインが見えたので、メイン通りから左に曲がった。すぐに右手にそのホテルはあった。数人の中年男性がたむろする入口を通って入ると受付の男性と目が合った。

今夜の空室がありやなしやを訊くと満室だという。困ったな、どうにかならないかと食い下がると、カウンター越しに彼と話していたアラブ人らしき男が「何なら僕の部屋に泊まればいい。ダブルベッドだがね」と言った。「そうしてもらえるとありがたい」と僕が答えると、彼はレセプショニストとイタリア語で相談し出した。

これだけの金額を払ってくれさえしたら、二人で宿泊しても問題ないということになり、僕は先払いして、同室泊を申し出てくれたエジプト人(これは後で判明したのだが)の親切に感謝の意を述べた。



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2階の部屋に彼と一緒に行き、荷物を置いてシャワーを浴び、やっとくつろいだ。いろいろ彼と話すにつれて、エジプト人の彼の博識に魅せられていった。

何でも今、ドイツの大学院にて勉強中で、休暇でイタリアを旅しながら故郷のエジプトに帰るところとのこと。アラビア語は勿論、ドイツ語、英語、イタリア語に通じている。僕と話す英語は非常に流暢だ。夜も遅いのでもう寝ようということで寝たが、大きなベッドとはいえ,ダブルベッドで男と寝るのは如何なものかと多少不安になったが、人の善意を信じて眠るよう努力した。 当然だが何事もなく朝を迎えた。


(写真は'78年の旅では行けなかったギリシア、ミコノス島。4年後の旅で撮影)




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夜8時頃、ブリンジシ 着。港がどこにあるのかまったく分からないが、バックパッカーの若者が大勢いる。彼らについて行けば船着場に出るだろうと高をくくって黄昏の中を彼らについて行った。駅からなだらかな坂を真っ直ぐ30分程下って行くともうそこは港で白い大型船が停泊しているのが見えた。多分あれが今夜のギリシャ行の客船に違いない。港に着いて、はて次にどうすればよいか分からないので近くの白人に尋ねると、ユーレイルパスが利用できるがそれとは別に座席の為のチケットを購入せねばならぬと教えてくれ、あそこの列に並べば良いと親切に教えてくれた。



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目の前に停泊中のギリシャ行の船は10時30分頃出港らしい、長い列なので焦る。やっと甲板の格安券を手に入れた頃には回りに数名しかいない状態で、しかも少し離れた別棟の2階でイタリア出国のスタンプをもらえとのこと。リュックを揺らしながら走る。思いのほか距離がある。2階に着いてスタンプをもらった時には全身汗だくだ。たまたまそこにいた3人のアメリカの女子学生と一緒に船まで走った。船は正に出帆しようとしていた。フェリーの最後尾を上げようとしていたので、僕たちは大声を出して待ってくれと叫んだ。幸運にも白い制服姿の船員が気付いてくれ、何とか乗船できた。



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“ Terrible !”とみんなで言い合った。呼吸が乱れ汗がタラタラ流れる。でも乗船できた嬉しさで頬が緩んでいる。国際船では船に乗ると既に相手国、この場合ギリシャなので先程は船員と思った男性は税関だった。で、早速パスポートとチケットの提示を求められた。僕は以前にも述べたように当時韓国籍だったので、ギリシャ入国にはビザが必要だった。その事を知りながらも何とかなるだろうと乗船したわけで、アメリカの女子学生の後僕の番がきた時はドキドキした。



突然、「ビザがないではないか、ビザを取得してきたのか?」と真顔で聞いてきたので、僕はビザなしでいけると思っていたと答えた。すると何やら電話機で伝え、進んだ船がバックし出した。再度接岸する間もなくフェリーの大きな鉄の扉が下がり始め、それが下り切らないうちに「降りろ」と僕に命じた。悪いのは僕だから仕方なく飛び降りた。怪我はなかったが、岸を離れて暗闇に消えて行く船の後ろ姿をずっと見ていると、めちゃくちゃ悔しく寂しくなってきた。

今に見てろ、必ずギリシャには行くからな。それにしても気の毒そうな眼差しで僕を見ていたあの3人娘にサヨナラも言えなかったのが心残りだ。時計をみると11時だった。
さてこれからどうしよう?と思いながら駅の方にトボトボ歩き出した。


(写真は'78年当時のブリンディシの港)




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 なかなか素敵な映画でした。トラと少年が同じ救命ボートに乗り合わせてしまい、果たしてどういう展開が待っているのかというか点に興味があって映画館に足を運んだのですが、そういう単純な映画でもなく、ストーリーが進むに連れて様々な想念が浮かび上がってきました。非現実的な部分もあるのだが、僕はすべて事実だったと信じることに何の疑いもありません。

動物たちが出てくるのが寓話的で、神々があまたいるヒンドゥー教の国インドならではの説得力が自然と映画全体に流れていて不自然さがありません。



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『Life Of Pi』


むしろ荒れ狂う嵐にしても、マリアナ海溝の海底に沈む日本の貨物船にしても、奇跡的に辿り着いた夜に輝く魅惑的な無数の蛍のような光にしても、リチャード・パーカーという名の運命的同伴者がメキシコ上陸後ジャングルに去って行く誇り高き後ろ姿にしてもさもあらんと僕には思えてきました。

多分それは「夜と霧」 とか「るそん回顧」 とかいう名作に代表される極限状況に置かれた人間の心理状態に通じる崇高な精神性あるいは宇宙的哲学性を見るからだろう。この物語の特色は生き物全体にそれを見たところにある。

いやぁ、奥の深い映画でした。

一億総評論家、という訳でもないが、この場面はこう、いやいや、あのシーンはこういう意味だろと見た人の多くが饒舌になり、誰かと語り合いたくなる、そういう映画でもあります。




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