ロンドンのタクシードライバーになるためには、厳しい試験に合格しなければならない。まず地図を片手にオートバイでロンドン市内を隈なく走ってどこが一方通行か袋小路か近道か、ともかく通り名は勿論詳細な内容が問われ、その後実地テストもあるとのこと。僕たち妻と二人旅の時は、倹約の為タクシーの利用は頭からなかった。地下鉄とウオーキングである。


それが1995年僕の両親と3人の時は、否応なしにあの名物のオースチンの黒タクシー(現在は新型車となり、黒の他、赤、青などの色があるらしい)に乗った。




パリ・マドリッド10日間家族旅行記



乗って見て分かったが、どの運転手もめちゃ真面目。5、6回使ったがみんな感じが良かったし、チップを要求するような押し付けがましいところがない。ないからかえってこちらも気分良くチップをつける。最短距離で目的地に行くし余計な話もしない。訊けば応えてくれる。タッタタッタ仕事をこなすって感じだ。料金も思ったより安かった。これなら若い時利用すればよかったと思った。


実入りもかなり良いらしくロンドンのタクシードライバーになりたい人が多いそうだ。世界から来る観光客に嫌な思いをさせて減点され貴重な資格を奪われたら一大事という考えもあるのだろう。皆さんも一度ロンドンのタクシーに乗ってみては?
(写真は'82年のリージェントストリート)



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 1978年初めての一人旅の時、ビクトリア駅から地下鉄に乗ろうとしたら自販機がない。よく見ると2ポンドとか赤色で金額が明記された1メートル位の高さの立方体がたくさん林立していて、お釣りは出ないという。自販機王国日本から来た僕にはまるで子どものオモチャのような原始的な木偶の坊自販機である。


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ロンドン地下鉄 


従って利用者はまばらな状態で、みんな並んで改札のおじさんから現金で切符を買っている。僕も並んで前の人のやる様子を観察したら、それが行き先の駅名を言ってお金を出すスピードが半端じゃない。

で、待っている間声を出さずに「サウス・ケンシントン」を歯切れよく、即座に言う訓練をした。



遂に僕の番がきて、「サウス・ケンシントン、ワン、プリーズ」と言いながらコインを出すと、間髪いれずに切符とお釣りが滑りながら僕の手元に届いた。何かテストに合格したような喜びを全身で感じた。



エスカレーターでホームに降り、電車に乗って驚いたのは、大柄な若い女性がNOスモーキングと書いてあるのに平気でスカートから出ている長い脚を組んで堂々とタバコの煙をくゆらせている。そして次の駅で下車する時、木でできたギザギザのデコボコのある車内の床にポイと吸殻を捨てて行った。

呆気にとられて彼女の後姿から床に目を移すとまだ煙が出ていた。周りの男性諸氏は見て見ぬ振りだった。

今では考えられぬことだが、こんな風景が当時はよく見られた。



地下鉄繋がりの思い出話をもうひとつ・・・。


82年、妻との二人旅の時のこと。

地下鉄の階段を地上に上がったとたん、まさにタイミングを合わせたようにBEATLESの曲が流れてきたのである。そこにはキオスクのような店があり、そこに置いてあるラジカセが音源のようだった。

あまりにもタイミングがよくて妻などは大喜びしたものだった。


ずいぶん後になって、僕らの他にもそれに似た体験をしている人がいることがわかり、偶然流れてきたものではなかったのかも?と思ったのだが。

どちらにしても懐かしい思い出である。



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 大英博物館はルーブル美術館同様、展示品数が半端じゃないので、絞って見ることにした。フランス人シャンポリオンが解読したロゼッタ石、パルテノン神殿のレリーフの一部、中国の歴代のおびただしい数の陶器類、ベトナムや他の東南アジアの陶器類、韓国の白磁、そして日本のコーナー、そこには陶磁器その他の調度品等が相当数あった。



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ある大きな部屋に入ると、人が誰もいない。そこはミイラの展示室で、ガラスケースの中にお馴染みの人体を簡略化したお棺の中に黒く変色した全身包帯姿のミイラが目の前に横たわっている。視線を上げて室内を見渡すと、なんとたくさんのガラスケースがあるではないか!そこに僕だけポツンとひとりミイラに囲まれている。誰か他の観光客が早く現れて欲しいと願ったが、誰もこない。

急ぎ足でこのコーナーを出ようとするが出口が分からない。どうにか脱出に成功して、生きた人間に出会ったときはホッとした。



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ところで、1998年大英博物館を訪問した後、近くに日本のラーメン屋があるというので、行ってみた。その店は地下にあって、すごく広くて、白い長テーブルが10列位あった。部屋全体もベージュっぽい明るい色調だった。

セルフ形式で注文支払いを済ませ適当なテーブルを選びラーメンとビールの夕食を始めた。間もなくすると急に店内が混み出し、僕の右隣にひとり、向かい側に二人と別れて友人3人組が着席した。例の如くその若い3人に軽くハーイと声かけとアイコンタクトしておいた。彼らもフレンドリーにそれに応えた。少しして瓶ビールからコップに入れて飲もうとしたとき、ドジなことにコップを倒してしまった。



「Sorry, sorry!」と詫びると、「Don't say sorry」と言ってひとりがダスターを取りに行ってくれてテーブルはあっという間にきれいになって、何もなかったように彼ら、男性二人、女性一人、は会話を続けた。実に感じのよい一連の振る舞いに感心した。別れ際に挨拶したら、笑顔で応対してくれた。

また後に話すことがあると思うが、イギリスで不快に思う体験がホント一度もない。

淀川長治さんの『私はいまだかつて嫌いな人に会ったことがない』ではないが「私はイギリスで一度も嫌な人にあったことがない」である。

今日はここまで。




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 科学博物館 には産業革命以来のあらゆる乗り物が陳列してある。小さな子どもたちが寝転びながら馬車や古い自動車をスケッチしているのを見て、可愛さもさることながら、恵まれているなとも思った。イギリスが創造し築いてきた進取の精神や果敢に立ち向かうチャレンジ精神はこのような豊かな環境を惜しげもなくふんだんに次の世代に提供している、子どもたちは気づいていないだろうが、その自由な空気と英国の伝統とが見事に組みあわされているところにあるのだなと深く感じ入った。そこは日本も学ばねばと明治時代にロンドンにいた漱石の気分になって真剣にそう思った。



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まだ時間があるので近くのアルバートミュージアム にも行った。ここは中世から近代の衣裳がたくさん陳列されていた。夜はまたフィッシュアンドチップスとミルクティーで済ませた。明日は午前11時に始まるホースガード の行進をバッキンガム宮殿にて見物し、その後やはり大英博物館に行かないわけにはいかないだろう。





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午前11時にお待ちかねの赤と黒の制服に熊の皮で作られた黒い帽子に包まれた衛兵の隊列がやってきた。世界中から来た観光客がシャッターを押す。騎馬隊も後に続く。バッキンガム宮殿の前を通り過ぎて行くのを見送った後、絶対に動かないと言われる守衛を見に行った。確かに鉄の門の向こう側にいる守衛は微動だにしなかった。




 ロンドンには過去4回行ったことがあるが、1998年の夏、ひとり旅のとき、偶然、バッキンガム宮殿が一般開放 していて、当然ながらチケットを買って見物した。いやいやなかなか立派な内装で、特に歴代の王様、女王様、その親族の今でいう写真代りのポートレートに英国王室の名誉と誇りを感じた。訪問客数は少なくゆっくり味わうことができた。


建物をいったん出て歩き出したあと、宮殿に関する本を買うべきかどうか迷って宮殿に戻ろうとしたがやはり荷物になるのでやめたと行きつ戻りつしていると、ガードウーマンが僕に近づいて来てどうしたか尋ねた。事情説明してアイコンタクトしながらさようならと言ったが、何か不審な男と見られたように思う。




この間、TVのオリンピック特集で、いつだったかあのウインザー城の火災の後、女王が王室の資産を一般人に公開して再建の費用を自ら稼ぐ決心をしたと伝えていた。またイギリス国会が王室に対する予算を大幅に削ったとも放送していた。こういうことも、バッキンガム宮殿公開と関連していたのかもしれない。

そのあと、宮殿近くのジェームズパーク をぶらついて芝の上に座って休憩した。ある木から何かスルスルと降りてくるものが目に入った。よく見るとナント!squirrelではないか!可愛いリスです。全然人を怖がってないんだよね。リスたちを見ながら暫し休んだ後、大英博物館へ向かった。




長々と読んでいただいてありがとうございました。

次回に続きます。



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 翌日はトラファルガー広場に行った。

ここがサマーセット・モームの代表作「人間の絆」human bondage の最後の場面に出てくる場所だと主人公フィリップと同じように、広くて美しい広場の階段に暫し座り、
三越のライオンの元祖である4頭のライオンに護衛された高い塔の上に立っているネルソン提督を見上げていた。



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「ロンドン・ナビ」より トラファルガー広場

その時はその意味が分からなかったが、アラブ系らしき人達による小さなデモが何やらアメリカを批判しているようだった。それは、後に起こるイラン革命、つまり、アメリカの支持するパーレビ国王がパリに亡命していたホメイニ師率いるイスラム教シーア派の反乱デモに敗北してついにイランを追われた革命の前兆だったのである。



階段の後ろにある ナショナルギャラリーに入館した。そこであの有名なゴッホの「ヒマワリ」に出会った。
驚いたね。その独特の躍動感あるタッチ、強烈な太陽を彷彿とさせる黄色を主体とする様々なyellow・・・

その他ターナーの代表作等をじっくり見て、次はサウスケンシントンにある「科学博物館」に向かった。



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