エジンバラ駅でとりあえず腹ごしらえをして、さあ、どうしょうかと思いながら小さな駅を出るとスコットの塔が目に入った。よく晴れて清々しい朝だ。心なしか陽光が柔らかく感じられるのは相当緯度が高くなったからか。

荷物もあるしあの塔に登るのは後に回すことにして、ふと左側に目をやると、何とエジンバラ城がドーンと丘の上におわすではないか!美しい緑の谷の向こうに古色蒼然としたたたずまいに時代を超えて女王陛下を警護してきた貫録がある。


そしてもっと手前を覗くとミニチュアのゴルフコースがある。パットばかりだが一応18ホール用意されている。

ユースホステルに行くには早すぎるので、階段を降りて入口へ行くとおばさんが一人いたので入場料を払い、リュックを預けて、コースをゆっくり回った。



パリ・マドリッド10日間家族旅行記



めちゃくちゃ面白いので、お金払ってもう一度回った。

あまりに楽しいのでもう一回コースを回ると申し出ると、「そんなに楽しいのかね、お金は要らないから好きなだけプレイしなさい」と微笑みながら言ってくれた。なんしか客は僕だけなのだから、好きなだけさせてもらった。


(「なんしか」ってわかりますか?方言のようなもので、なにしろーのような意味です。)


ゴルフの後、まだ時間早いがユースホステルヘ行くことにした。場所は駅のインフォメーションで教えてもらっていたし、地図も無料でもらっていた。その地図を片手に緩やかな丘に向かって歩き始めた。
(写真は78年当時のロンドン)



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 スコットランドの都、エジンバラへ行こうと思ったのは、1978年6月ロンドン観光を済ませた後のことだった。

キングスクロス駅から夜行列車に乗った。コンパートメントには感じの良いイギリス人二人とアメリカ人の熟年カップルがいたが、あまり多くを語らないうちにライトを消して寝ることになった。



途中二人が下車。さらに暗闇の中ガタゴト列車はリズミカルに走り続ける。時々身体の位置を変えるとき目が開く。そんなことを何回か繰り返していると、車窓の空が薄明るくなっていた。そのときアメリカの老紳士が奥さんと思われる女性に話しかけた。「30年ぶりのニューカッスル だ。あれから30年が過ぎた。実に懐かしい」



窓際に片肘をついている彼の横顔のシルエットが今も僕の脳裏に焼き付いて離れない。その時思った。僕もいつか彼のような旅をしてみたいものだと。

もっとも彼の妻は返事しなかったところをみると熟睡中だったのだろう。

そして早朝スコットランドの旗がはためくエジンバラ駅に到着した。



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  9月になったとはいえ、まだまだ暑い・・・暑さがこたえる。

その昔、夏の暑さが僕の体調を良くする、夏が大好きだーとあれほど言っていたのはどこの誰だったのか・・・。

体力低下を痛感する今日この頃だが、又また1998年時の旅の話です。



ポーランドのワルシャワに列車で着いた後、ユースホステルへ向かうため路面電車に乗ろうと思って切符売り場を探したがないので、車内で買うことにした。
とりあえずトラムに乗り暫くすると私服保安官が乗車券検査を始めた。



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ウィキペディアより

これはヤバイことになったと内心危惧していると、僕の処にやって来てチケット拝見ときた。こうこうで購入できなかったと持っていない理由を英語で述べたが、違反だから罰金を払えと言う。着いたすぐでポーランドの貨幣を持っていないと言うと次の駅で下車しろと言われ、重いリュックを担いで降りた。


彼は遠くの建物を指差し、あれはホテルで両替もできるしトラベラーズチェックの換金もできるから、両替してここへ戻って来いと言う。仕方なく言われたとおりにして通常の乗車料金の確か10倍ぐらい払わされた。


 

 以前オーストリアで必ず乗車券を買ってから乗らないと抜き打ち検査があるので大変なことになるのを知っていたのに、ふと気が緩んでこんな目に遭った訳だ。

楽しい筈の海外旅行も気の緩みから一瞬にしてどん底に落とされる怖さを孕んでいることを肝に命じるべきだ。皆さんもよく似た体験をお持ちじゃないでしょうか?


ポーランドでの2日目、地下鉄で、少しややこしい進路が2方向に別れているところがあり、またワッペンをつけた若者が数名ネズミ取りのようなことをやっていたが、警戒心の強い僕は今度は引っからず通過した。

相手は当然引っかかるだろうと予測していたようで、意外な顔をしていた。

旅人にとって東欧はことほど左様にやっかいなことも多い。

最近の事情は行ってないのでよくはわからないが。




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 ロンドンオリンピックも終わり寂しい限りである。

さて、過去旅思い出話ロンドン編も今回でおしまいです。



 地図で見ると、ハイドパークの右下付近にインター・コンチネンタル・ホテル がある。1995年両親と行った時そこに宿泊した。朝夕公園を散歩できる利点とホテルの前の広い歩道を左にドンドン歩けば晩年ココ・シャネルの住まいだったホテル・リッツ辺りに辿り着くことができる。何度か歩いたが、ウキウキした愉しい気分になったものだ。



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インター・コンチネンタルの朝食は素晴らしい。バイキング形式だが、紅茶はウエイターが超熱い湯と温かくて日本のよりも濃い牛乳を持って来てくれる。何杯でも飲める。周りのビジネスマンたちを見てると3杯飲んでいた。果物、各種ウインナー、パン等何でもござれ状態で、朝から満腹。
確かにミルクティは美味しい。多分牛乳のせいだと思う。
残念ながら、父親は洋食が苦手で困った。



で、「アリラン」という韓国料理店へタクシーで焼肉を食べに行ったりしたが、夜は父が旅行カバンいっぱいに詰め込んできた「どん兵衛」のお世話になった。「このカツオの出汁がうまい!」と父は絶賛。
ですから夜になるとフロントに僕が電話して、インスタントうどんの為に熱いお湯が欲しいと言いにくいので"Will you bring me a boiling hot water to make tea?"と言った。

すると本当に超熱いのをすぐに持ってくる。チップを渡すと笑顔で、サンキューと言って去って行く。一度3人同時に食べた時は、足りないお湯を再度持って来てもらったが、しかし、それにしても、よく紅茶を飲む家族だなと彼は思っただろう。




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 今度こそシェークスピアの生家のあるストラットフォード・アポン・エイボンを訪ねようと1998年の一人旅の時ある朝そう思った。午前中どのターミナル駅だったか、あるいはキングズクロスか、ともかくそこから1時間半位で目的駅に到着。駅から少し歩くと・・・いやー、参ったね!綺麗な花で飾られた瀟洒なホテルが数軒、喫茶店、土産物屋等がこじんまり並んでいるではありませんか!

テディベア専門店もある。間もなくすると綺麗な池に出た。アヒル,ガチョウ、カモそして優美な白鳥もいる。観光客数も適度で、池のそばの2階にあるカフェに入ってランチを食べ一息ついた。


愈々お待ちかねの彼の生家訪問の時が来た。ワクワクしながら地図を片手に無事到着。小さな村だからすぐに分かる。チケット買って入ると、専門のガイドがいて、数人集まるのを待つ。勝手に見てはいけないシステムのようだ。大学卒業したての感のある女性が懇切丁寧に解説しながらゆっくり進む。シェークスピアのお父さんはやり手の商人だったらしい。がっしりした立派な2階建てで今でも居住できそうだ。台所はすぐにでも使えそうである。露出した黒くて太い丸太が壁、天井に見られ、2階からの眺めも印象的だった。



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ガイド説明を終えて美しい芝生の庭に出た。これこそまさにガーデニング!その中にとりわけ僕の目を引いたのは、一本のバラだった。小さな赤い蕾が開いたばかりのそのバラはディズニーアニメ「美女と野獣」のあの限られた時間を意味するカプセルの中の赤い可憐なバラを連想させた。あの映画の製作者はこのバラにヒントを得たに違いないと僕は今でも確信している。そんなことを想いながら、ガーデニング好きの妻こそここに来るべきだ、次回は家族で先ほどの白い瀟洒なホテルに宿泊しようと計画している自分がいた。




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