翌朝、遅く起きてリビングに行くと、おばあさんがブレックファーストを用意し始めた。こちらへいらっしゃいーと言われキッチンに行くと、熱いミルクティとパンと目玉焼きとバターそしてジャムが並べられていた。「頂きます」と食べ始めて暫くすると、「すぐに戻ってくるから紅茶は自由にお代わりしなさい」と言って外出した。



パリ・マドリッド10日間家族旅行記



何だろうと思いながら朝食を楽しんでいると、すぐに戻ってこられた。そして紙袋からハムを取り出して、僕の皿に載せてくれた。僕のためにわざわざ買いに行ってくれたのかと思うと胸が一杯になった。

「有難うございます。美味しい朝食でした」とお礼を言うと、「満足か?まだパンがあるよ」と。僕は丁重に断り、リュックサックを部屋に取りに行った。



「いろいろありがとう。グッドバイ」と言って玄関を出ようとすると、さっきのハムとパンをくるんでくれて「後で食べなさい」と渡してくれた。

こんなにしてもらって・・・・・というわけで、今このように思い出話を書いていて思うのだが、イギリスで嫌な思いをしたことがないんだよね。

わずか2日間だが、素晴らしい思い出を胸に、はためくブルーに白色のクロスの スコットランドの旗を見ながら、エジンバラ駅を去った。


(写真は1978年当時のロンドン)





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 "Good morning"と挨拶して紹介書を渡すと"Come in"と言って中に入れてくれた。後について来なさいと言われ、ついて行くとこの部屋があなたのルームですよと案内してくれた。あまりにも立派な部屋で驚いた。彼女の言うのには、この部屋は息子の部屋だけど、今は所帯を持って別のところに住んでいるとのこと。気楽に自由に使ってくださいと優しく言ってくださった。



荷物を置いてじっくり部屋の様子を観察すると、確かに人が住んでいた生活感が感じられた。しばらくして「出かけます」とおばあさんに声をかけて外出した。折角スコットランドに来たのだから、グラスゴーに行こうと昨夜ガイドブックを眺めていると閃いたのだ。これは実にいいアイデアだと我ながら思った。



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というわけで再度エジンバラ駅から電車に乗車し約1時間弱でグラスゴー 駅に着いた。結構大きな街で驚いた。商業都市らしい。どこをどう歩いたか今となってはサッパリ覚えていないが、パブでかなり時間を潰した記憶だけは残っている。ラガーだけでなくギネスも頂いた。所謂黒ビールだ。



夜7時頃に帰宅したら、リビングのテレビの前に先客がいた。話してみると随分長期滞在しているとのこと。映りの悪いテレビ画面を指して「どうだ、イギリスのテレビは映りが良いだろう。日本のテレビはどうだ?」
断然日本の方が上だと言おうとしたが、鼻高々の彼の心情を慮って「同じぐらいですね」と言っておいた。


(写真は1978年当時のロンドン市内)



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 カウンターでラガーを注文して店内を眺めると、テーブル席がいくつかあり、その向こうにダートコーナーがある。代金を払ってビールを片手に持ちながらダートしているのを見た後、あるテーブルに数人集まって何かゲームをやっているのを観戦する為そばに行った。

それは単語作りとでも言えばよいのか、縦横斜めにアルファベットのひと文字を付け加えて意味のある単語を作成する知能を競うゲームのようだ。暫く見ていたが、見たことない単語ばかりなので自信を失した。


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  翌朝ゆっくりユースホステルで時間を過ごした後、バスでエジンバラ駅まで移動し、あとは地図を片手にユースホステルとは反対の海側を少し下り気味になっている大通りを真っ直ぐ歩いた。

幸運にも、すぐに目的の石造りのビルを発見。5階のそのおばあさんの名前の所のブザーを押した。うまい具合に滞在中で、「紹介してもらった者です」と言うと、ビルのドアをブーという音とともに開けてくれた。エレベーターで5階まで上り、名前を確認してブザーを押すと、優しそうな80歳位と思われるおばあさんが現れた。


(写真は78年当時のロンドン市内)



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 一息ついたあと、店を出て商店街をぶらついた。すると老舗の帽子屋さん発見。見るだけと思って入ってみると、なかなかオシャレで古風で伝統的ないい感じの帽子が一杯!見ているうち、一つのハンチング帽が気に入ってしまった。

試しに店員のおじさんにかぶらせてもらった。出来るだけ長くヨーロッパの旅を続けるため倹約が求められたが、思い切って買うことにした。値段は忘れたが、5000円前後ぐらいだったかな。そのままその典型的な濃いベージュを基調とするハンチング帽をかぶって店を出た。晴れた空の下、エジンバラの繁華街を、イングリッシュマン気取りで歩くのはそれまでにない、なんというか、自由人になった気がした。


パリ・マドリッド10日間家族旅行記


前述したようにユースホステルが一泊しかできないので明日の宿を紹介してもらおうと再度エジンバラ駅構内のインフォメーションに立ち寄った。ラッキーなことに、駅から歩いて行けるところに一室空きがあるとのこと。

あるおばあちゃんが間貸ししているらしい。

僕は喜んで宿泊すると伝えた。担当の男性はすぐ電話してアポをとってくれた。確かそこでお金も払ったと記憶している。そのあと領収書兼用の紹介書をもらって、明日それを持ってホテルへ行く段取りだ。



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案内所を出てまだ時間があるので、スコットの塔の近くの美術館 を訪れそのあと、またミニチュアゴルフを楽しんだ。
他にすることもなくなったのでどこかで早い夕飯を済ませてぶらぶら歩いてユースホステルに帰ることにした。まだまだ明るい。途中良さそうなパブを見つけたので入ってみた。パブは一人旅の食事をするのにもってこいの場所である。


(写真はハンチング帽で得意気な私と78年当時のロンドン市内 )



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地図を見たときこれなら歩いて行ける距離だなと思って歩き出したが、なかなか着かない。道路沿いを外れてゴルフ場のような美しい芝の丘陵を歩いていると後ろから「危ないぞ、用心しろよ」の声が届いたので振り返ると、少年がまさにウッドでフルスイングするところだった。流石スコットランドの子どものする遊びはゴルフの本場だけに違うなと感心した。


さらに歩いてやっと例のユースホステルのマークが見えた。ヨイショとリュックを降ろして「突然だが空きのベッドがあるか」と訊くと、一日だけ空きがあるとのこと。折角だから3日滞在を目論んでいたが仕方がない。それで良いとシーツをもらって指定されたルームへ行った。



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ベッドの横にリュックを置いた後、レセプションの前のリビングでくつろいでいると二人の白人がこちらをじっと見ているので、「やあ、僕は日本から来たんだが、君たちはどこ出身?」と話しかけた。

「イスラエルです。ところで、君のその靴はいいね。どこのメーカーですか?」と聞いてきた。

タイガーという日本の会社だというと、見せてほしいと言う。紐ではなくバリバリと剥がすやつで、旅に出る前、最新の運動シューズという店員の説明に誘われて5500円で購入した白色の水を弾くお気に入りの靴だ。

「さすが!日本製は優れているわ」と二人して褒めてくれ、テレビ等他の日本製品のいかに優秀であるかを述べてくれた。


スコット記念塔の写真
スコット記念塔 (トリップアドバイザー提供)


彼らと別れ、バスでエジンバラ駅に戻り、詩人スコットの名のついた塔に昇った。石の階段をどんどん昇ると最上階は凄く狭くなっていた。遠くを見渡すと、なんと海が見えるではありませんか!そうなんです。実はエジンバラは海の近くにあったのです。旧い街並みも綺麗だ。足下を見ると、目が回った。



塔を降りてから、賑やかな方へ勘を頼りにぶらぶら歩いて行った。お洒落なカフェ兼パブがあったので入った。コーヒーとサンドイッチか何かを注文して店内を見回すと、デュークボックスがあるのでどんな曲目があるか見に行った。周りの数人の客が僕の選曲に注目しているのを背中に感じた。そんな空気の中、流れてきた曲は、ビートルズのヘルプだった。カウンターに戻る時、みんなの様子をみると「なるほどね」って感じだった。妙に照れている自分がいた。

この状態から「HELP me~~!wooー」


(写真は78年当時のロンドン)



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