翌朝、デュッセルドルフ へ向けてミュンヘンを出発した。ライン川沿いを列車は快調に走って行く。美しい眺めが続く。ライン下りは次回の訪欧に譲ることにした。昼過ぎにデュッセルドルフに到着。ガイドブックによると、日本の企業がたくさんこの町に来ているらしい。駅のインフォメーションで地図をもらいユースホステルの場所を教えてもらった。ラッキーにも徒歩で行ける距離だ。モダンな橋を渡ってすぐという信じられないほど好立地にそれはあった。ベッドを確保して街歩きした。これと言って見たい所もないので、まもなく隣のケルンへ移動した。




パリ・マドリッド10日間家族旅行記



読者諸氏は記憶されているだろうか? あのパリからコペンハーゲンへ行く途中で出会ったアメリカの若者が夜中に何度も駅名を確かめて降りた駅だ。この駅には驚かされた。というのも、駅の構内から透明な巨大ガラスを通してドーンと眼前に聳えるのが見える。数百年かけて建造され、第二次世界大戦の空襲も切り抜けてきた本物の凄味が見る者を黙らせる。



パリ・マドリッド10日間家族旅行記



駅を出て華やかな通りを歩いていると、独特の絵柄をした香水の瓶がウインドウに並べられいるのがやたら目に入るので、立ち止まってその瓶に書かれている文字を読むと「オーデコロン 」とあった。フランス語で意味は「ケルンの水」という意味だ。ああこれがあの有名なオーデコロンかと感激した。

(すぐに感激する男です・・・この頃は。)



ガイドブックによるとケルンの隣の街、当時は西ドイツの首都であったボンにベートーヴェンの生家が近くにあると書いてあったのでケルン駅に戻り列車で一駅移動した。行って見ると、結構観光客がいて、見学の順路が決まっている。近世初頭の頃の古い建造物で、印象的だったのは彼の生まれた、斜めに傾斜した天井の低い部屋だった。

ベートーヴェンの生家を見た後再度デュッセルドルフに戻りまたウインナーをつまみにビールを飲んだ。この街ではジョッキよりグラスが好まれているらしい。3軒ほどハシゴして大いに飲んでユースホステルに帰った。
明日はオランダのアムステルダムへ行こうと決めた。

(写真はふたり旅'82年の物。上・デュッセルドルフの旧市街 下・駅構内から見たケルン大聖堂)




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 30分ほど乗っただろうか、とある駅に降りて暫く歩くとユースホステルがあった。流石ユースホステル発祥の地 、仕事が早かった。ベッドを確保して街に出る前に閉館の時間を確かめると、夜の12時だったかずいぶん遅かったので驚いた。ズバリ各自の自覚に委ねるということだろう。自由と自己責任!と言うわけで、まずは、11時に市庁舎の前に行くことにした。



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ガイドブックによると最上階付近の人形がクルクル音楽に合わせて回る仕掛け時計 があるらしい。少し前に市庁舎前の広場で待っていると中世風の装束をした人形たちが5階ぐらいの高いところで前に出て来て音楽に合わせてクルクル回り出した。

いつの間にかあまたの観光客が広場を埋めてシャッターを押している。ビールにはまだ早いのでぶらりと町歩きを楽しみ、フランクフルトを立ち喰いして昼ご飯にした。とにかくフランクフルト、ハンブルグそしてミュンヘンどこでもドイツはウインナー系が例外なくまうい。特にフランクフルトは。



夕方になり都心から離れたところにあるミュンヘン大学辺りを歩いていると、大学内のガーデンにビアガーデン発見。入ってみた。テーブルに座ると注文を取りにきたので、一番でかいジョッキを注文した。しばらくして届いたそれを見てぶったまげたね…。日本の通常の大ジョッキに3杯はあるな!なにせ片手で持ち上げられないんだから、いやほんま!仕方ないから両手で持ち上げて飲む始末!
全くサマになりませんな。



綺麗な芝が敷かれ、野外なのにテレビがみんなに見えるように高い所に載せて紐で縛ってある。そうですよ!ワールドカップと言えばドイツ抜きでは語れません。夜の試合をビールを飲みながら観戦するわけです。まだ時間が早いので客は2、3人です。やっと飲み干して、ハシゴしに都心に戻った。


適当なレストランを見つけ、またウインナーとポテト(これしか知らんのかい~)をつまみながら、先ほど飲んだのがピルスナー、つまり日本でよく飲まれるラガーだったので、今度はアルト、つまり黒ビールを味わった。勿論、室内のテレビではサッカーが映っている。まだ9時だったが、ユースに帰ってシャワーを浴びベッドに入るや否や寝入った。


(写真はサイトからの借り物です。)





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 シカゴの婦人とさよならして、さてこれからどうしたものかと思案しながらリュックを背に歩いていると、「日本の方ですか?」と二人のアジア人が近づいて来た。「日本から来ました」とこちらも日本語で答えると、喜色満面になって「そうですか。よかった、よかった。ちょっと待ってください」と言って振り返り、「兄貴、日本人がいました~!」と大声で叫んだ。




パリ・マドリッド10日間家族旅行記



見ると3人の日本人男性が地べたに座っていた。すぐに立ち上がってたくさんの荷物を持ってこちらに来た。そしてその「兄貴」曰く「自分たちは東京の有名ホテルのコックです。ホテルの経営者から本場パリで本物のフランス料理を食べて来い、そして我がホテルにそれを反映しろとの命令で、まず巴里の有名なレストランで、例えば、マキシムとかで、もういいってぐらいフランス料理を食した。帰国まで時間があるので一つミュンヘンで本場のビールとフランクフルトを飲食しようと考え、昨夜パリを発ち、早朝ミュンヘンに到着したが、誰一人外国語が出来ず困っていた。ここで日本人が通るのを待っていたんです」と。



「よく分かりました。で、何をしたいのですか?」と僕。

「とにかくホテルを探して決めたいのです。予約せずに来たものですから。どこでもいいんです」

「僕もミュンヘンは初めてなのですが努力しましょう」と答えて、駅構内のインフォメーションに向かった。そこで適当ななホテルを見つけたので、じゃーこれでと言ったら、今度はホテルまでついて来て下さいと5人全員で頼むので、一緒にホテルまで行き、フロントで通訳をした。



すると、別れ際に、中年の兄貴が「本当にありがとう。日本に帰ったら是非ここに電話してください。私の料理したフランス料理をご馳走するから」と言って名刺をくれたのである。 再度駅に向かい、そこからトラムに乗ってミュンヘンのユースホステルへ向かった。


(写真は'82年二人旅時の物。ライン川 下りの船から見た古城です)





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パリ・マドリッド10日間家族旅行以来随分長い間、海外旅行にさほど興味もなさそうだった娘が、昨年あたりから突然開眼? 
この10月の第2週から3週目にかけてパリを一人旅してきた。
思えば私が初めてヨーロッパ一人旅をしたのと同じ年齢なのである。
やはり血は争えないということかー。
女の子の海外一人旅というのはやはり心配だったが無事帰国してホッとしています。




パリ・マドリッド10日間家族旅行記


           

       「パリ・マドリッド10日間家族旅行記」ではこんな状態でしたが・・・

 1991/10/08 モンマルトル テアトル広場



                      
時は流れ…  



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 娘から届いた携帯メール画像です。
 くもり空のモンマルトル、サクレクール大聖堂(2012/10/10)







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僕の乗ったこの夜行列車はミュンヘンが終点である。今回('78年)の旅の初期段階で高校時代の友人とともにスイス、ドイツは少し回っていたのだが、南ドイツは未知の世界だった。本番ドイツビールを飲みために来たのである。

社会人用のユーレールパスは一等に乗れるのでとても快適な列車の旅を楽しめるのだが、あるコンパートメントの扉を開けると、年配の婦人が一人陣取っていた。ひと声かけ、彼女の斜め向かいに席を取った。



パリ・マドリッド10日間家族旅行記


彼女はシカゴ出身とのことで、数枚のシカゴの写真を見せて、凄いビルだろうとご自慢の郷里を披露する。それにしてもアメリカ人は家族とか故郷の写真を持っている人多くないか?お互い喫煙しながら旅の話をしていると、10時頃すらっとしてとても背の高い外交官風の紳士が入って来た。デンマーク人の彼は英語を流暢に話し、しかもパイプ煙草をやるので、3人意気投合して煙の充満するコンパートメントで、色んな話題について話し合った。



特にこの30歳ぐらいの紳士の話がユーモアと皮肉が効いていて、コンパートメントは笑いに包まれた。聞くと、彼は正に本物の外交官だったのである。

彼のパイプからは上品な甘いタバコの匂いが放たれた。彼が下車した3時ごろまで実にウイットの効いた愉快な時を過ごした。今も忘れられないひと時だ。
アメリカのおばさんと二人になるや否や、疲れも出始め、自然と目を閉じた。目が覚めると、まさにミュンヘン駅に列車が入るところだった。


(写真は’78年当時のミュンヘンです)




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