グランビア通りはいわばスペインの銀座通りで賑やかでいかしている。坂をくだるともうスペイン広場だ。グランドホテルをバックにドン・キホーテ&サンチョ・パンサの写真を撮る。ベンチにいた老人達が何か話しかけてくる。要は何人か知りたいわけでハポネスと言うと、親しみのこもった笑みを浮かべる。そこから地図を見ながら王宮へ向かう。王宮の外観を見た後、マジョール広場 に行く。




いやー、参ったね。素晴らしいじゃないですか、この広場は!

適度な広さといい、広場を四方に囲む5階ほどの建物の色彩といい、これはパリには、いや今回訪問した国のどこにもない良い雰囲気を持っている。センターにはフィリペ王の騎馬像が立ち、パリ風カフェも見られる。本物の石畳に歴史が刻まれている。とても気に入った。

広場からプエルタ・デル・ソル広場に出る通りに面してバルがたくさんあって、やたらイカのリングのフライをガラス窓の向こうに積み上げてあるのが見えて気になる。明日にでもバルに入ろうと決めた。




パリ・マドリッド10日間家族旅行記



パリ発の列車名にもなっていたプエルタ・デル・ソル広場はおそらく世界一活気のある美しい広場だろう。凄いね!皆さん一度行って下さい!そこから約8本出ている通りの角に洒落た室内式のカフェ発見!気がついたら入店していた。みんな立って飲食している。僕もまたおいしいカフェ・コン・レチェと適当にパンを注文した。これが当たりで、とてもうまかった。見ると足元にポイポイ物を捨てる。立派な大理石が敷かれいるので掃除しやすそうだが、それにしても、国が変わるとやることもずいぶん変わるものだ。




すると、一人の子供がふらっと入ってきて、客に手を出す、所謂バクシーシ(喜捨)だ。どうするのかなと観てると、お金をやる人もいれば、手を左右に振ってやらない人もいる。ロマ人(ジプシー)と思われる子どもは断られてもわるびれず、次の客に移る。店側の人も別にその子どもを追い出そうともせず、何もなかったように振る舞う。時々チラッと見るが。しかしこの子も僕のところには来なかった。




数人から小銭を貰うとありがとうも言わずにスーッと出て行った。ちょっとしたショックだった。後にインドで強烈な洗礼を受けることになるのだが、当時の僕はすごくうぶだったから、今見た事を受け入れて咀嚼するのにしばらく時間がかかりそうだった。店を出て、一旦ホテルに帰って休憩することにした。


(写真は'82年二人旅時に撮影したマドリッドの地下鉄の様子です)


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 アデラさんは順番に女性たちを中に入れ、最後に僕を頭のてっぺんから足先までじっと眺めて国籍と滞在日数を尋ねた。当時、僕のナショナリテイは以前にも書いたが、大韓民国であった。その由を伝え、滞在日数は3日と応じると「OK」と言いながら、入れと手で仕草した。ここまで来て僕だけはじかれるのは寂しく感じられ嫌だなあと思っていたので、OKが出てとても嬉しかった。これが僕とアマデオとの運命的な出会いの瞬間だった。



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言い忘れていたが、アデラさんというのはこのペンションの女主人で、背は低いが早口のスペイン語で見事に多くの多国籍客を仕切っている老婦人である。しばらくすると、その娘さんが出てきて、ついて来いというジェスチャーをするので、重いリュックを背について行くと、やたら奥へ、次は右へ、さらに右へ曲がる。

4年後妻と泊まった、入ってすぐ左側の窓のある、みんなが集うリビングに面してドアのある特別な2室ではなく、ここだと示されたその部屋は、窓もなく、廊下同様暗い。えらいとこやなと思ったが、電気をつけて、何やら言うとアデラさんと違って背の高い娘さんは去って行った。



部屋で一息ついてから先ほどの明るいリビングに行くと、アデラさんが紅茶を入れてくれた。うれしいことにビスケットのマリーを数枚カップの横につけてくれた。先ほどの女性達は何処に行ったのだろうと少し気になったが、誰も来ない。一人で大きなテーブルに座って陽射しを眺めていると、アデラさんが近づいてきて、白黒の小さな写真を僕に見せた。見ると美しい若い女性だ。これは私よ、と自分を指して言うので、凄く驚いた表情をすると、ご満悦だった。それから、ポケットにご自慢の写真をしまって窓から出ている小さなベランダで日向ぼっこしているネコに向かってアキ、アキと連呼していた。後で分かったのだがアキとは「ここ」という意味らしい。

そうだ!街に出よう。

まずはスペイン広場を目指すことにした。


(写真は'82年二人旅時、アマデオの一室)





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 8時頃にチャマルチン到着。到着ホームからエスカレーターで上がると広い駅のホールになっていて、空港のようで賑やかだ。果たして、彼女たちの友人は迎えに来ていた。男子学生だった。ちょっと意外だった。しっかりした若者で、事情説明すると、多分空室あると思いますから一緒に行きましょう、と言ってくれた。



まずはスペインの通貨ペセタを入手し、その後、これだけの人数なら、タクシーで行った方が良いという彼の提案に皆賛同して駅の外のタクシー乗り場へ移動した。2台のタクシーに人間も荷物も上手く収まった。車のルーフの荷台もいっぱいだ。僕は運転手の隣の助手席に座った。
走り出すや否や彼はラジオをオンにした。フラメンコを連想させるパンチの効いた明るくて派手な曲が大きなボリュームで車内だけでなく、開いた窓から街中に流れ出した。




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空は真っ青だ!マドリッドの青い空だ。真夏の風が気持ち良い。ドライバーも曲に合わせて歌っている。都心部に入って本当に驚いた。カッコいいんだもの。
城のような外観の郵便局から今はグランビア 、当時はホセアントニオ通りに差し掛かる辺りの高層ビルの美しさはどう表現すればよいのだろう?美しいデザインのビルを左右に見ながら坂を登った付近を僕たちのタクシーは右折した。



角の建物にSEPUと書いてあるのが目立つ。狭い路地に入って直ぐ2台の黒色のかなりオンボロのタクシーは停車した。みんなで割り勘して料金を払って、見上げると「AMADEO」とだけ書かれた古ぼけた看板が見える。ガイド役の彼がその看板を差して「あれが僕が地元のスペイン人の友達から教えてもらったペンションです。宿代も安いです」大きな扉の横の呼鈴を押してなにやらスペイン語で彼が語ると、ジーと音がして、押すと扉が開いた。



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薄暗い中を進むと映画カサブランカに出てきそうな構造が丸出しの年代物のエレベーターがあった。彼がボタンを押すと不気味な音と共のエレベーターが降りてきた。6人全員乗ったがちゃんと5階まで運んでくれた。降りてすぐがアマデオのドアーだ。再度彼がブザーを押すと背の低い老婆、と言っては叱られる、かなり年配のレディが現れ、歯切れのいいスペイン語を早口で何やら彼に言った。


(写真下は'82年二人旅宿泊時にアマデオの看板を撮影)




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 数車両移動してやっと食堂車に着いた。先客でいっぱいだ。カフェ・コン・レチェとパンをセルフで買って、トレイを持って何処に座ろうか探していると、日本語が聞こえて来るではないですか!自然とそちらに身体が向かった。

「座っていいですか?」と訊くと、年配の女性Kさんが「どうぞ」と気持ち良く勧めてくれた。そこにいた3人の女子学生と先ほどこの食堂車で知り合ったばかりだとKさんと話して分かった。



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K女史は女ひとり旅だそうで、宿はまだ決まってないと言う。すると、スペイン語学科だという女子学生の一人が、「実は、留学している私たちの友人がチャマルチン駅に迎えに来ることになっていて、彼がすでにホテルを予約してくれているんですよ」と来た。
Kさんと僕は「それに便乗しようかな」と言うと「いいと思います」と答えてくれた。じゃあ、ということで、後はチャマルチン駅に着いてその友人に会ってから決めることになった。



なんだか旅に躍動感が出て来た。swingし始めたぞ!

これは何か僕の人生を変えるようなことが起こるに違いない、そう思わせる熱がこの食堂車には充満していた。窓の景色が少し緑を帯びてきた。間もなくチャマルチンだ!


(写真はマドリッド、ドン・キホーテ&サンチョ・パンサの像のあるスペイン広場 です)





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  一番上の段で、ガタゴト揺られながら、列車はどんどんマドリッドに向かって行く。真夜中2時頃、国境通過。パスポートを預けるらしいが、不安で他の人がどうするか観察する。すると、みんな当然のようにイミグレーションの官憲に手渡すので、僕も渡した。



その後、車輌が持ち上げられて、幅の広いスペインのレール に合わせるために車輪の幅を広げる作業('78年当時)が始まる。少し揺れる。暫くしてスペイン側のレールに無事着地すると、今度はスペイン側のイミグレーションの官憲がフランス出国のスタンプとスペイン入国のスタンプが押されたパスポートを乗客に返却しにコンパートメントに入って来た。僕は無事情熱の国スペインに入国出来たのだ。


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鉄道旅行ガイド



スペイン語の母娘の会話で僕は目覚めた。
あれ?!娘の彼女、昨夜はフランス語を話していたのに、器用なものだなと感心した。ベッドを畳んで座席に座って窓の外を見ると、驚いたね!全然フランスとは違う!
ピレネー山脈を越えるとそこはアフリカだとナポレオンが言ったのも自然と頷ける。

少し彼女と話をした。「マドリッドは最高!パリよりいいわ」と云った。

数時間後のマドリッドとの出会いが待ち遠しい。
そうだ、朝食を食べに食堂車に行こうと思い着き、左右揺れながら車輌の通路をドンドン進んで行った。


(写真はサイトよりイメージ画像を拝借しております)


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