あるラジオ番組で
ワクチンの摂取について医師がこう話していた。
集団摂取が好ましい、
個人が勝手な意思で打たないと
社会全体に損失を与えることになる、と。
この話の中では子宮頸がんワクチンについては触れてはいなかった。
一般的なワクチンへの考え方だと思う。
しかし、このような考えがベースだと、子宮頸がんワクチンのように
学校での集団摂取で重篤な副反応を被った少女たちは
運の悪かった社会的に必要な犠牲者として扱われ、
被害を発信することは
社会の利益を妨害する者とされてしまう。
国の先導の元、
子宮頸がんワクチンを摂取した少女たちは
現実に今そういう場所まで追いやられている。
詐病・心の問題、と決めつけられ
確かな治療法もないまま
精神的にも肉体的にも追い詰められてもいる。
NHKの子宮頸がんワクチンを扱った番組では
日本産科婦人科学会の医師が
「この2年半、中止したことは、
非常に大きなマイナスを日本の医療に残した。」
ワクチンの被害を訴える声で
ワクチンが中断されたことについて話していた。
わたしたちは現代的な社会を維持する為に
常にリスクコミュニケーションを求められている。
社会からは現実社会を生きるため、
現代の恩恵を享受するには
多少のリスクは仕方が無いと言いくるめられる。
リスクを背負った者は
運がなかったと切り捨てられていく。
自分が被害者にならなければ
それでいいのだろうか。
そもそも、<子宮頸がん予防ワクチン>は
少女たちがリスクを負ってまで摂取すべきワクチンだったのか。
ー厚生労働省が配布する、「子宮頸がん予防ワクチンの摂取を受ける皆さまへ」と題したチラシには、一番下に小さな文字でこう記されている。
「子宮頸がん予防ワクチンは新しいワクチンのため、子宮頸がんそのものを予防する効果はまだ証明されていません」
(子宮頸がんワクチン、副反応と闘う少女とその母たち/黒川翔子)
「負けない」
主人公の一人の少女が書いた文字。
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【誕生日を知らない女の子 虐待ーその後の子どもたち】も黒川翔子さんが
第四の発達障害を引き起こすといわれる虐待の問題に寄り添い丁寧な取材の元に書かれています。