教育機関等における放射線量調査結果一覧(栃木県)→ ■
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栃木県のこどもにもマスクを!
教育機関等における放射線量調査結果一覧(栃木県)→ ■
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栃木県のこどもにもマスクを!
「信じていたのに」
「騙された」
福島原発事故の際、飛び交っていた言葉。
疑うことを知らない善良な市民は
国や大企業のいうことならそうに違いないとそう思って暮らしていた。
しかし「安全神話」は崩れ去った。
もともと「絶対安全・安心」などこの世にはない。
だが放射能という未知なるものに
国は「安全基準」をつくり、振り回している。
水に空気に土に海に食べ物に。
「信じていたのに」
「騙された」
次は土地を追われるだけではない。
健康が命がかかっている。
国がなんとかしてくれる。
国が補償してくれる。
そんなものは「安全神話」だ。
水俣病然り。
昔からそうだった。
「自己責任」
3月11日、安全な国日本は終わった。
これからはこの言葉を背負って生きていくしかない。
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わたしが住む近所で測定された放射線測定値をみつけた。
正確に【人間の生活圏】で測られたもの。
ニュースや新聞で発表されている数値の2倍あった。
今回の福島原発事故では、
水俣病のときのようなことが起こるといわれています。
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5月25日
朝日新聞:オピニオン(13面)より抜粋。
水俣病では、政府も産業界も学者も、安全性の考え方を誤った。
その後のいろいろな薬害でも、カネミ油症でも、
危険が起こる前に危険を予測し、対策を立てらるはずだった。
50年たっても教訓は生かされていない。
チッソは、海は広いから有機水銀も薄まると考え水俣の海に捨てた
薄まったが食物連鎖によって毒を濃縮してしまった
人間は自分に都合のいいことだけを考えがち。
注意してほしいのですが、
安全基準とはあくまでも仮説に基づく暫定的な数値であって、絶対的なものではない。
そもそも「安全基準」という言葉がよくない。
どこまでなら我慢できるか「我慢基準」と呼ぶべきだという人もいる。
放射能には未知の部分があることもしっかり押さえておかないといけない。
「失敗を繰り返さないために、失敗の歴史を教えるべきです」
・医師:原田正純
■水俣病と水俣学■
チッソ水俣工場の排水」が原因の有機水銀中毒。
今も国の認定基準をめぐって訴訟が続く。
認定患者は約2300人、未認定患者は5万人以上。
さらに多数の潜在被害者がいる。
水俣学は半世紀以上も混迷を続ける水俣病問題を通して
どのような教訓を導き出せるかを探る学術的取組み。
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こどもたちに何が残せるのか?
何ができるのか?
高濃度にもかかわらず避難勧告の出ていない汚染地域のコドモタチに何ができるのか?
考えて守っていく作戦。
(HPの文章より引用)
YOUTUBEやUSTREAMの映像もあり、
とっつきやすく考えられるとページだと思います。
●福島原発事故についての参考ページ●
*中部大学・武田邦彦さんブログ→■
*環境活動家・田中優さんの講演
http://www.ustream.tv/recorded/14146884
*ソフトバンク・孫正義さん記者会見
http://www.ustream.tv/recorded/14195781
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参考にさせていただいている一部です。
大切なのはすべてを鵜呑みにせず、
最終的には自分の頭で考えることだと思います。
TVや政府が言う。
「デマや風評に惑わされない」
なにがデマでなにが風評か。
調べるツールは今日いくらでもある。
チェルノブイリの時代とは違うのだ。
PCのふたを開けば、
世界中の人の声を聴くことができる。
与えられる1つの声ではなく
10の100の声を聴き 自分の頭と心で
なにが正しいことなのか 考え選べる時代なのだ。
放射能は地震や津波とは質の違うもの。
わたしたちは着々と確実に
放射能を浴びることに慣らされ麻痺させられてきている。
わたしたちにできることは
3月11日以前の日常に戻ることではない。
平和な国、日本はあの日、終わったのだ。
「人体に影響ありません」
「年間20ミリシーベルト」
こどもたちの未来は?
わたしたちがやるべきことは個人で考えること。
「核の平和的利用」
核は核でしかなかった。
かつて核兵器が落とされた広島で生まれた。
暮らしていた福島で原発事故が起きた。
人より想うことが多いのはそのせいだろうか。
否、考えることを放棄している人が多すぎる。
危機的状況はなにひとつ改善されていない。
こどもたちの命は危険にさらされ続けている。
なのに、どうして。