8年前のあの日、

散歩に出ようと思ったけど、

体調がいまひとつなので

おとなしく昼寝をすることにした。


違和感に目が覚めた。

なんだろう。


揺れている。

揺れはどんどん激しくなる。

地震?


揺れはどんどん激しくなる。

ぎしぎしと家が鳴る。


激しくなる揺れに

ベランダに続く窓の鍵は壊れ、

揺れに合わせ右へ左へ

ガンガンと打ちつけられる。


重い照明も落ちてきた。

コード一本で繋がり上下左右する。


危ない、布団を被る。


毛を逆立てた猫は

部屋の端から端までを

繰り返し全力で走る。


窓から電線がたわむように

揺れているのが見える。

町全体が揺れ、軋む音がする。


数ヶ月前の

ニュージーランドの地震を思い出す。


揺れは止むことなく激しさを増す。


このまま家が崩れるとして、

ここは2階、上にあるのは天井と瓦。

即死は無理。


押しつぶされても

町全体の被害を考えたら

すぐに救出されるのは無理。

何時間、何日かかる?

痛いだろうな苦しいだろうな。


コード一本で繋がり

殴りかかってきそうな照明、

次々と落ちて散乱するものをみながら思った。


どのくらい経った後だろう、

揺れがやんだ。


ベッドから出た。


1階から呼ばれる声。


部屋の戸を開ける。

階段は壁が崩れ埋まっていた。


壁の破片を除けながら

落ちないように降りる。


だいじょうぶかい?


安否を確認し合い、

もう1度2階に。


猫を連れに。


駆け回っていた子はすぐにみつかった。

あと2匹、いない。

窓から逃げた?

血の気が引く。

こたつの中で目を丸くして

2匹は身を寄せ合っていた。

よかった、いた。


キャリーに詰め込み、

恐々階段を往復し猫を下ろす。

フードとトイレも。


何度もくる大きな余震。

その度にキャリーを抱え外へ。


近所の人も大きく揺れる度に

みんな外へでて、

建物から離れ道路に身をかがめた。


小雪が舞っていた


福島市に行っていた家族からの

連絡は地震直後の1度きり。


地震直後に福島市を出て

いつもなら1時間ほど距離なのに

帰宅は20時近かった。


家で眠るのは怖かった。

余震は続き、

いつ崩れるかわからない。


近くの体育館?

猫がいる、3匹も。


春から住む予定の栃木の家に

行くことにする。


猫3匹とキャットフード、猫トイレ、

布団と身の回りのほんの少しのものを

車に乗せた。


道路はあちこち崩れ、壊れていた。

途中で寄ったコンビニの棚は

すでに8割の商品が消えていた。


車の中でFMラジオを聴いた。

アナウンサーが

原子力の専門家に話しを聴いていた。


ーこれから原発はどうなりますか?

「どうにもなりません」

ー繰り返します、

原発はどうにもなりません。


ー政府の指示を待つべきですか?

「政府は何もしてくれません」

ー繰り返します、

政府は何もしてくれません。


アナウンサーは

馬鹿正直に繰り返した。


そして、そのとおりになった。


・・・ 

わたしが住んでいたのは

福島の中通りと呼ばれるところ。


ここは地盤が固いからだいじょうぶ、と

いわれていたにもかかわらず、

周辺でいちばんの被害を受けたという。


震度6強の揺れだった。