"原発は欲望の象徴"
本で読んだ表現に、なるほどと思った。
だから、あえて、
目をそらすのか。
自分たちの欲望、
もっと便利にもっと快適に
もっともっと手に入れて
モノで満たされたい。
その欲望が爆発した。
砕け散った。
溶け落ちた。
もうキャパオーバーだったのだ。
たくさんの人が犠牲になった。
遠い、東北の、
危険なものを押し付けられた
かつて貧しかった村々の人々。
命を切り売りする被爆労働者。
ー原発がなかったら
電気が足りないんでしょ?
ー電気がなかったら
どうやって生きていくの?
その人たちのかなしみを
経済を回すための
必要不可欠な犠牲と位置付け、
目をつぶった。
モノはあふれ、
人々はいかに捨てるかに
疲弊しているにもかかわらず、
利益、経済のみが優先の
企業のCMに絡め取られ、
より便利でより快適を求め
大量生産し大量消費する。
大量生産・大量消費、
より安価に手に入るものが
消費するのは電気や資源だけでない。
その生産に従事する人たちも
安価に使い捨てられ消費されている。
誰かを踏みつけて
便利に快適に生きるそれが
"豊かな暮らし"だと信じて。
もっと便利でもっと快適、
モノを得ることでしか
お金でしか得ることができない幸せを
追い求めても
満たされることはない。
次の欲望が
TVからネットから流れてくる。
・
・
あれから8年。
世界の国々が日本の事故を目にして
次々と手を引く核発電を
地震列島で再稼働。
捨て場のない使用済み核燃料は
戦後日本の欲望の残骸。
その負の遺産は未来を担う次世代に
有無を言わせず押し付けるという。
"いまだけ かねだけ じぶんだけ"
あれから8年、
まだ尽きることのない欲望。
いづれ次の原子力建屋が、
"欲望の象徴"が膨張の果てに爆発するんだろう。
そうならないことを
願っている。
・・・
「ふくしまをわすれない」
東日本大震災にともなう
人類史上最悪の原子力発電所の事故は
8年前の過去のことではなく、
いまだに放射性物質が漏れ続ける
現在進行形の人類史上最悪の
収束の目処のない事故だ。
事故で放出された放射性物質は
10日で世界を一周したという。
今も漏れ続け世界を汚染し続けている。
福島だけの問題ではない。
日本だけの問題ではない。
世界中の生命、環境の問題だと思う。
・・・
・・・
あの日、福島で被災した。
原発が危険な状態だという。
「…原発って、どこにあるの?」
わたしは、知らなかった。
なにも知らなかった。
知ろうとしなかった。
わたしは被災者、被害者になった。
だけど、数え切れないほどのことに
加担していた圧倒的な加害者だった。
もう、知らなかったから
許されると思いたくない。
もう、薄っぺらい嘘に
騙されたと言いたくない。
だから、
足りない頭でも、考える。
・・・
・・・
震災後、
津波に襲われた被災地のその報道は
津波で亡くなった方々の姿、
ほんとうの残酷さを取り除いた
映像であり写真であったといいます。
原発のことばかりいつも書くけれど
あの日々の出来事でいちばん思い出すのは
原子力建屋の爆発シーンより、
報道用に加工されたはずの
津波にのまれた沿岸部の風景を
銭湯のTV映像で観たときのこと。
地震も津波も、
ヒトの力でとめられない。
せめて、それなら、
ヒトの力でとめられるものは
なんとかしていきたい。
8年間、そう思っています。