ー希望の灯りー
1995年1月17日午前5時46分 
阪神・淡路大震災

震災が奪ったもの命 
仕事 団欒 街並み 思い出

…たった1秒先が予見できない
人間の限界…

震災が残してくれたもの
やさしさ 思いやり 絆 仲間

この灯りは
奪われた
すべてのいのちと

生き残った
わたしたちの思いを
むすびつなぐ

・・・
・・・
阪神淡路大震災から、24年。

阪神淡路大震災後、
"孤独死"という言葉が広く浸透した。

被災して命が助かっても
あのとき死んでいればと思うほどの
堪え難い現実が待っている。

仮設住宅で
たくさんの方々が孤独の中で亡くなった。

いまだに耐え忍ぶ被災者を美談とし、
被災後の救済システムには不備が多い。

孤立や孤独死の問題も未解決、
むしろその不安は一般化している。

被災しなくても
今はもう20、30代のうちから
自らの孤独死を覚悟している人は、
少なくない。

"孤独死とは地域社会から
排除された者の死"だという。

孤独死とは自己責任の結果ではなく
社会が見捨てた命の死なのだ。


節目ふしめに
鎮魂という言葉があふれる。

震災のような
とても大きなかなしみがあったとき
祈ることと同時に
学び活かしていかなければ
鎮魂という行為には
繋がらないのではないかと思う。