母の四十九日は10月19日なんですが、それまでは自宅にいたくて、めちゃくちゃ楽しみにしてたイベントの参加を全て見送りました。



本山での数年ぶりの入壇灌頂(かなり貴重)、天河神社でのインディアンドラム作りのワークショップ(レア!)、さやちゃんのミステリーツアー&古神道講座(←実は皆勤狙ってたしホテルもおさえてた)。


楽しみだったイベントを上回る程に、

お母さんに朝炊き立てのご飯や熱いお茶、たっぷりのお水、オヤツやお花をお供えをしたいのです。

自分にそれをさせてあげたいのです。

いや、ただただお母さんと一緒にいたいだけなのです。

(昨日は豚汁とご飯大盛りも🍚)


最近、仏壇が欲しくてネットでよく見てたのですが、ワッタン(地元デパート)にすごくステキな仏壇を見つけて、今も思い出してはときめいてます。

(私の中ではその仏壇に決まりです。)




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実は1年ほど前に母の夢を見ました。

母から『お母さん、死ぬ日が決まったけんな。』

と、報告されたのです。母は申し訳なさそうな顔をしてました。

その決定は覆せない事を私も母も夢の中で知っていました。


絶縁状態だったのに、お母さんが居なくなると思うと怖くてたまらなくなって、夢の中で足がガクガクしてました。

ドキドキしながら目が覚めて、

「お母さん、今年中に死ぬのかもしれないな、、」と思ったのでした。

それから何度か会いに行ってみようかと思ったのですが、プライドが許さなくて会いに行かなかったのです。

今思うと、しょうもない。

本当にしょうもない。。。


自分から離れた母は後悔してるって、すでに知っているくせに、私に会えない事での罰を母に与えようとしてたのでした。

どんなに愛されているか知っているが故の反抗でした。

結果として、今となってはその行いは自分の後悔を深めることでしかなかったのです。

意地をはりつづけることは、愚かで未熟な現れだと痛感することになったのでした。

母に与えたつもりの罰は、自分への罰として私に返ってきたのでした。


そしてまた母もそうだったのでしょう。




歩み寄る事ができなかった不器用すぎる親子でした。





亡くなる1週間前に、ニコの夢に母が出てきて、

『ごめんなぁ。』と何度も謝られたそうです。

変な夢をみたなぁ、と思っていたら母が亡くなった連絡が来たそうです。



そして、亡くなった当日はスイの所にもきて、膝枕をして頭を撫でてくれてたそうです。

『最初は久子さんかと思ったんよ。でも違うなぁ、と思って、次はママかと思ったけど、なんかちがうなぁっておもって。
だってな、ママの手より大きくて厚かった。ママに似てるなぁ、優しいなぁ、、だれかなぁ、、って。

わたしはママのお母さん会ったことなかったし、ママから聞いた話で、怖い人やと思ってたけど、今日写真とお顔見たら『あ!』っておもったんよ。多分この人やーって』

と、亡くなった翌日、車の中で話してくれました。


『スイは私にソックリ!』と他の親戚に聞いてただろうから、会いたかったし抱っこもしたかったろうな、と思うとまた後悔しました。



もし今、これを読んでくれてる方の中に、本当は会いたいけど意地をはって会えない人がいるとしたなら、なるべく早く会いに行ってほしい。



その人とどんなにツラい出来事や恨みがあったとしても、心の奥底に『会いたい』気持ちが少しでもあるなら、この肉体があるうちに、かける声、触れる手があるうちに会いに行ってほしい。



それがどんなに不恰好で情けなく思ったとしても、会った瞬間に解けていくと思うのです。


いえ、解けなくてもいいのです。



過去にあった『正しいか間違っているか』、ではなく、『わたしは本当はどうしたいか』に光をあててほしい。



そんなふうに思う、母が亡くなってからの19日間なのでした。