誰かのためになにかをしたい。

とか

助けたい。

なんてのがあまりないんだけど、


やっぱり「目の前の人」が喜ぶのが嬉しくて、

もっと喜ばせたいって思ってしまう。


この「喜ばせたい」ってのも欲なんだな。。

そして、「思ってしまう。」のはどこかで

「思ってしまう。」事を責めてるんだろうな。。


純粋に

「私は楽しみたい!」

は私の欲。


「私」という主語。


「目の前の人」という主語。


これさ、結局

「あなたは私。」

「根っこで繋がってる。」

「I&I」

ってことなら、



「私は目の前にいる『私』の事を喜ばせたい。」


「私は目の前の『私』の事を助けたい。」


って、一緒だな。。

なんてふと思う朝。


(いってらっしゃい❤)



そうそう、最近ね、

想いが強くて生き霊とばしちゃう人の話になったんだけど


たとえば恨みや憎しみからの生き霊なら、


「『あいつ』が憎い『私』」だよね。

でもそれは


「あなたは私。」

「根っこで繋がってる。」

「I&I」

なら、


=「『私』が憎い『私』」ってことにもなる。


だから、「自分が相手にとばしてる」

ように見えるけど、

実は自分の憎しみや恨みのエネルギーで自分を苦しめてんだよね。


だから肉体をもつ本体がすごく弱ったり、

身体や精神を壊したりするんだろう。


自業自得の世界。


これが天に吐いた唾は己にかえる、ってことなんだろう。

(だって天も自分だから。)



あ。でも相手の生き霊ってエネルギーに、

体調の不調として反応してしまうのは、

少なからず相手のことを考えてるから。


こちらが気づかなければ生き霊は完成しないのかもしれない。




「わたしが私のためだけに生きる。」

って、純度をあげてゆけば


生き霊になる暇もないし、

生き霊の影響なんてのも受けなくなるんだろうね。


「今ここ」での幸せに気づくことは

誰からも影響されないってこと。

自分の為に生きてるってこと。


さぁ、純度を上げていこう!