一昨日も湯布院へ行く用事があり。


そんな朝、こんなLINEが。



夕方仕事も入ってたので

ブレスレットを修理してすぐに帰るつもり

…だったけど。


夕方のお客様がキャンセルになり

なぜかお友達の家の井戸を見に行く事になり…。


行く前に寄ったお馴染み若宮神社さん。




御参りをして、少しの水を葉っぱでいただくと

「生き水」

という言葉が頭に浮かびました。


古井戸はまだ生きてました。


「生き水」は「呼び水」に使うそうです。




御使いといろいろと頂いた言葉を

お友達に伝え、流れで一緒に晩御飯。

(食べたらすぐに帰るつもり❤のはずだった真顔



でもなぜか初のウナギ日女神社へ。

(だってもう、行ったことないのに神社の風景浮かんでたから。)


このとき21時…ゲッソリ


御参りをして、お友達に


「この神社から真っ直ぐこっちの方向にある

神社に連れていって。鳥居は石で小さい神社

だよ。」



って口走る私…。(もうこの辺で早く帰ることを諦めた…笑い泣き



そして、やっぱりその神社はあるの…真顔



行ったことないその神社の道を当て、

迷わず扉をあけて中に入り、当たり前のよう

に神殿の前に座り…


暗い神殿で

心静かにしてたらペラペラ言葉がでてきた。



敏腕秘書(?)が慌ててメモってくれてた。


(もう一人は携帯で録音したけど消えてたらしい…。)




あやしい…真顔


あやしいよね…。


わかってる。

わかってるよ滝汗





私は稲作りの事とか全然わからないけど、

稲作りは神事そのものなんだと教えてもらった。





天の情報が雨となり地におり、

田畑を耕すことで天と地の情報を合わせ、

その合わさった情報の稲を育み、

それを皆が食べ

赤ちゃんの母乳になり

人をそだてる。


そしてまた人は死に

土にかえり、天に還る。



神と人がつながり、一つとなり、


人は神と一体だったことをおもいだす。


天と地はこの世の循環の一つだったこ

とを思い出す。



今回のメッセージで

長い人間の歴史の中で、稲を育てる事さえ

できなかった人々がいたことを知った。



この現代に生きる私達にそれを伝えるため、

その時を待っていてくれてる人達もいること

を知って涙が溢れた。


稲作りって、出来ることが当たり前じゃないんだ。

作りたくても時代の背景で

出来なかった人達もいたんだ。


稲作りができることは

人々を育む、真の豊かさの象徴だったんだ。




神と呼ばれる存在から

命をつなぐ先祖から

こんなにも私達は愛されてたんだ。




あ。
結局解散は22時30だったよ…真顔(笑)




こんなに縁があるなら

もう湯布院に一軒家持とうかな…(笑)