情報は常に発信者の意志により脚色される。
何か一つの物事(物、人物、集団、出来事等)に関する情報を伝える際、その物事の「全て」を伝えることは全てのメディアにおいても物理的に不可能である。
このような物理的な理由から、情報を伝える際には、その情報を発信する人は情報の取捨選択をしなければならない。つまり情報を伝えるには、表現者が必ず何かしらの編集を行わざるを得ず、そうして伝えられる情報は必ず「実際の物事の姿」とは異なるものとならざるを得ない。
「情報を評価・識別する能力」つまりリテラシーとは非常に難解な能力である。そしてリテラシーの根本は、情報を与えられるその度に自ら考えることである。
隠された真実に辿り着く為にはリテラシー能力の獲得が必須となってくる。
このケースでのリテラシーとは、社会生活を行っていく上で、あらゆる情報に対するニーズを認識または発見・獲得し、情報探索過程を評価し、情報を管理し、情報に基づいて新たな理解を生み出し、情報の背後にある問題を認識する能力である。
TVニュースの一場面において、その構成や編集によって、事実から大きくかけ離れた印象を受ける可能性がある。
まず「何を撮るか」に取捨選択が働いているその場面を肯定的に伝えるか、否定的に伝えるかは、何度も言うが編集次第である。
以前Nicoの知り合いの腕利き映像編集マンは「5分のインタビュー映像が必要の場合、30分のインタビュー取材映像があれば社長(Nicoのこと)の欲しい内容(その意見の肯定・否定を問わず)の映像に仕上げます」と言いきった。
TVニュースに限らず信頼性の高いと思われる「ドキュメンタリー番組」においても明るいBGMを流し、ナレーター、コメンテーターが肯定的なコメントをすれば支持に、逆に不安を掻き立てるようなBGMを流し、批判的なコメントをつければ全く違う印象になってしまう。
一度TVニュースや「ドキュメンタリー番組を視聴する時に、キャスターやナレーターの言葉はもちろんの事、同時に流される映像や効果音等に対しても注意して視聴してみれば面白いですよ。
テレビや新聞のニュースで触れられない情報の存在も常に念頭においておく必要がある。
昨日もゴールデンタイムのニュースで「タレント山本太郎の姉、大麻で逮捕」と大きなテロップ入りで報道していた。
山本太郎さんは現在「反原発」のタレントとして有名である。
その言動のせいで民放の仕事は激減したそうだ・・・
音声を良く聞けなかった人は「の姉」の二文字を見逃がせば、山本太郎さんが逮捕されたと錯覚するだろう・・・
40歳を超えた大人であれば山本太郎さんの姉は完全に別人格であり、彼には何の責任もない、しかし民放は「ニュースねた」として採用した・・・
これには誰かの「隠された真実」はないのだろうか?
何度か既述したが、連続した「向精神薬を否定する」な番組をTV局が放映できないのは「帯の番組」に製薬会社の広告主(スポンサー)から広告収入を当てにできるはずもなく、前後のステブレ(ステーション・ブレイク)のスポット広告もキャンセルされる可能性があるからだ。つまり、自身の広告主を批判することは、極めて難しい。
これは、仮に定時ニュースにおいても広告主に対して批判的な報道を行えば、その広告主が全ての広告を止めてしまい広告収入が減ってしまう、あるいは広告主から何かしらの圧力を受けるといった事態を招く事は必至だからであり、基本的に営利追求を目的とするマスメディア企業としては、そのような事態を招きたくないためである。そのため、自身の広告主への批判を自主規制してしまうことが多い。リテラシーを理解すればニュース報道の隠された真実に辿り着くのである。
ではNHKは信用できるのか・・・
答えは「否」である。
NHKは視聴者から受信料を徴収する根拠である特別立法で規制されているため監督官庁の総務省や族議員の圧力を受ける。また関連子会社であるNHKメディアプランやNHK出版は堂々と制作費や協賛費を製薬会社から受け取っているのである・・・
最近放送された「新型うつ病」に関する番組は分かり易い例である。