6  MEHRPOUYA  / SOUL    RAGA         12(PHARWAY  SOUNDS)PHS 006CD      2CD
イラン、ラーガ、モンド、エキゾ、68-76二枚組コンピ盤全26曲。 
1927年生まれ93年に没したシタール奏者アッバース メフハルプーヤーがリリースした一枚のLPとシングル盤を編集。
エコービンビンの靄の向こうに沸き立つシタールの響きにクールなバリトンヴォイスがエキゾチックな世界を現出する。イランに初めてインド音楽の要素を持ち込んだというメフルプーヤーは実に柔軟に欧米ポピュラー音楽、ファンクサウンドに、バッハの「トッカータとフーガ」の大胆な引用、クラシック、宗教音楽にラウンジミュージック、更に伝統的なペルシャ音楽までミクスチャーした刺激的な音世界は面白い!











7  FOSTER   &   LLOYD / FASTER   &
LLOUDER        89(BMG)9587 2 R
米、オルタナ、カントリー、パワポ、セカンド作。
ラドニー フォスターとビル ロイドのデュオユニットフォスター&ロイド、三枚のアルバムを残して解散、其々ソロ活動に転じてる。ビルのソロは当ブログにて紹介済み。
ベス ニールセン チャプリン、マーシャル クレンショウ他、多数のミュージシャンが参加してるが、カントリーをベースとしたシンプル、明快なパワポサウンド、カナダのブルーロデオに通じるサウンド!
  








8  VIC    CHESNUTT / SILVER    LAKE
03(NEW WEST)NW 6044       デジパック
米、オルタナ、SSW、8作目。 
車椅子のSSWヴィック チェスナット、孤高という名が相応しい現行アーティスト、10代の終わりに自動車事故で下半身不随に、車椅子生活を余儀なくされる。90年、REMのマイケル
 スタイプの協力の下アルバムデビュー、以降コンスタントに活動するも09年クリスマスに自ら羽ばたいていってしまった。
人生の辛酸を舐めた枯れきったヴォーカル、歌う事でさえ救われなかった深い絶望とは何だったのだろうか?
深い孤独を抱える男には身につまされる、チェスナットのヴォーカルが切実に響いてくる。遅かれ早かれ、、、

















9  SHOES / TWO   ON   ONE        04(HUNTER)HMR 15852
蘭、ビート、ポップス、オリジナルリリースは68年ファースト「ウィーザシューズパスト」と70年セカンド「レットザシューズシャインイン」の2イン1仕様盤。
シューズといえば米パワポバンドが有名だが、こっちのシューズはオランダのビートポップバンドで、当ブログでも紹介したダッチビート5枚組のBOXセットに4曲収録されている。活動歴は古く63年にシングルデビューしてる。
ダッチビートの雄アウトサイダーズ、Q65みたいなガレージ色は希薄でティーセット風のソフロビートタイプなのだが、我が国に吹き荒れたダッチブームの波には乗れず知られざるグループで終わった。ジャケの格好は野暮ったく60年代には見えず70年代風、ヴォーカルは結構ソウルフルでハードロックや色々対応出来そうだが、74年にスタジオ作、82年にライブ盤をリリースして解散?
ベスト盤CDの類いは色々リリースされてる。




















10  BLIND    FACE        01(POLYDOR)
314 531 818 2
英、ロック、ブルース、オリジナルリリースは69年唯一作。
クリームのエリック クラプトン、ジンジャー ベイカー、トラフイックのスティーヴ ウインウッド、ファミリーのリック
グレッチにより結成されたスーパーグループブラインド フェイスの唯一作、邦題は「スーパージャイアンツ」。
オリジナルジャケはロリータヌードジャケで有名、さすがに米国ではまずいのか、オリジナル盤の内ジャケのメンバーシヨットを表にした本ジャケに差し替えられた。アナログは英オリジナル盤?で所持してるので米ジャケ仕様盤のCDを入手。
クリームとトラフイックの合体、天才ギタリストエリック クラプトンと若き天才スティーヴ ウインウッド、二人の天才にベイカー、グレッチの凄腕によるスーパーグループの登場に大きな話題となり英米ナンバーワンの大ヒットとなる。
アルバムはクラプトンが1曲、ウインウッドが3曲、ベイカーが1曲、バディ ホリーのカバーで構成、ウインウッド色強いアルバムとなっている。69年といえばブルースブームも終息し、プログレ、ハードロックの台頭と革新的なロックグループが出現していた時期だけに、ブルースティストの旧態依然としたブラインドフェイスのサウンドはやや時代遅れか、私的にはこの地味な音が好みである。
クラプトン的にはハイドパークフェスでのデビューコンサート、その後のツアーでレパートリー不足によるクリーム時代の楽曲の演奏に盛り上がる聴衆に辟易、疲弊し、前座を務めていたデラニー&ボニーのレイドバックしたサウンドに強く惹かれていき合流、デレク&ドミノス結成へと向かっていき、ブラインドフェイスは僅か半年あまりの活動で解散となる。結局ドミノスも短命に終わり、グループ活動に限界を感じたのか、ソロに転じるもうまくいかずドラッグに溺れ廃人同様となってしまう。 
レイドバックした米音楽へと傾倒していくクラプトンの最後のブリテイッシュロックアルバムといえるのが本作かもしれない。