セビリアの理髪師@横浜みなとみらいホール 2014.4.11 | リーベショコラーデ

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thoughts about music and singers

横浜みなとみらいホール主催の「気軽にオペラ!」シリーズの「セビリアの理髪師」をNHKカルチャー講座つきで観てきました。

 


お目当ては私的に日本の最高のソプラノ、大隅智佳子さんです。

本番の前に、横浜みなとみらいホールの近くにある(徒歩五分)NHK文化センターランドマーク教室で90分の講座(講師はオペラ研究家 岸純信氏)と、それに続く楽屋ツアーが受けられるのです。これは楽しい企画です。横浜みなとみらいホール頑張れビックリマーク
【スケジュール】
★15時~16時30分:講義(横浜ランドマーク教室)
★17時~:バックステージツアー
★18時30分~:公演鑑賞

講義ではなかなか面白い話しが聞けました。
岸純信氏は以下の四つは違うものだ、と話されました。
『ヒット作』
『人気作』
『有名作』
『傑作』

すなわち、ヒットしたからといって傑作とは限らない、
人気作だからといって傑作とは限らない、
有名作だからといって傑作とは限らない。

ごもっともですが、しかし『傑作』の定義は人それぞれではないか?
講師に「傑作の要素とは何ですか」と質問してみました。

「斬新であること」「人が後に真似するようになった作品」だと言うお答えでした。
従って本作「セビリアの理髪師」は傑作なのである、と。

おおいに納得しました。昔、岡本太郎が「今日の芸術」という著書の中で芸術の「定義」を書いていました。それは「新しい事」です。中学生の時に読みましたが、それ以来の私の定義なのです。

詳しくはお読み下さい
今日の芸術/岡本 太郎

¥535
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続いて初体験のバックステージ・ツアー。小道具が位置決めして置いてあります。航空機の整備用具と同じですね。「そこに無いものは誰かが使っている」「使ったら元に戻す」


今夜大隅さんが使うハンカチ


歌手さんの楽屋にも入れましたが、私は歌手さんを楽屋で見る事は好きではないので遠慮しました。

さて本番。

ロッシーニはアジリタを使いまくっている、という解説を聞いたばかりでしたがアジリタというのは私はコロラトゥーラと同じ意味と思っていましたがそれは間違いのようです。
agilità イタリア語 女性名詞 「敏捷、機敏、すばしこさ」(出所:小学館伊和中辞典1996年)・・・英語のfleetness【名】〔動作の〕速さ、素早さ agility【名】機敏 と同義でしょう。

coloratura イタリア語 女性名詞 ドイツ語の koloratur からイタリア語ふうに表記された言葉(出所:小学館伊和中辞典1996年)

じゃ
koloratur ドイツ語 女性名詞 「装飾音の多い技巧的唱法」(出所:小学館プログレッシブ独和辞典1994年)・・・「色づけする」という動詞がkolorierenだから、兄弟みたいなものか。

すなわち、アジリタというのは「素早い歌い方」
コロラトゥーラというのは「装飾の多い歌い方」

なのである。アジリタが唱法でコロラトゥーラは歌手の種類とか説明する人がいるけれど、違います。
※歌手の種類としていうなら「コロラトゥーラ・ソプラノ」と言わないと正しくありません。

この歌劇のもっとも有名なアリアは ロジーナの歌う Una voce poco fa ですが、これをマリア・カラスが1958年、パリのオペラ座デビューで歌った映像を観たとき、その表現の物凄さに深い感銘を受けたものです。こちらで見れます。
実は、これがあまりに凄くてマリア・カラスはあちこちでこれを歌わされる事になるのですが、後にハンブルクで歌った1959年の映像はこのオペラ座の歌唱に比べるとひどいものなのである。
それは、やっぱり「前回と同じじゃイヤ」という本人のプライドが(それは健康なプライドであるが)、もっとこの曲を違う風に聞かせようと言うのがたまりたまって、積もり積もって、コテコテになって、結果、出てきたのがこのバージョンなのだろうと言う気がする。【勝手な想像です】

要するに、いじくり過ぎている。
オペラ座でのあらゆる技巧を使い尽くしたという歌唱もいじっていると言う人もいるかも知れないが、あれは当然の使い方で、初々しさ、はっとするような新鮮さがあった。ここのは違う。なんでもできますという歌い手が何でもやり過ぎているのである。

ま、カラスを見てみようという人はそれぞれの鑑賞眼を持っているであろうからグダグダ書かないが、オペラ座の歌唱の方がずっと良い。

以下は別のところに書いた「オペラ座のレビュー」

パリ・オペラ座のデビューリサイタルを曲目の解説付きで収録。

アリアを通して唄う映像を堪能できます。

白眉は「セビリアの理髪師」から「今の歌声は」であろう。
これは本来メゾソプラノが唄うアリアだが、カラスは唄えちゃうんである。凄い幅広い音域を持っていた事が分かる。音域が広いだけでなく、その音のコントロールの技術がまた素晴らしい。はっきり言って、カラスの持っていた技術がこの一曲でほとんど見る事ができる。それだけではない。これを唄うロジーナというキャラクタをカラスは自在に変化させ、いたずらっぽかったり、恐ろしげにしたり、可愛くしたり、気高くしたり、女らしくしたり、変幻自在に表現する。これは、はっきり言って、本人にそういうキャラが無いとできない芸当である。声も良く、技術もあるメゾソプラノはたくさんいるが、人間としての多様性や深みというものがないと、ただの優等生の歌唱になってしまう。YouTubeにはそういう例がいっぱいある。この映像のカラスは違う。もてる技術を駆使して、天才がやりたい放題し放題なんである。面白い。観客はもう目も耳も釘付け。咳も聞こえない。

天才がやることって、一見簡単に見えて、時にはふざけてやってるんじゃないか、と思うくらいの事もあるが、実は他人には及ばない技術の裏付けと人間的な深みが伴なったパフォーマンスだからこそ人を惹き付けるのである。

このまえ、イリーナ・ペレンの白鳥の湖を生で観て感激したが、このオペラ座の公演を生で観たら、同じように一生の宝物だっだろうな。そういう映像だ。



ここまで長いともう誰も読んでないだろうから本題。

大隅智佳子さんは声に物凄い力のある世界に通用する素晴らしいソプラノですが、ロジーナは良くなかった。。。アジリタが出来ていないのです。

素晴らしいソプラノ=「何でもできる」のではない、という事を知りました。
歌の世界って、奥が深いんだなぁ、、、と家路につきました。


それでも大隅さんは素晴らしいです。次は違うのをやってください。

最後までお読み戴き有り難うございました。