軽井沢は長く外国人の間で別荘地として知られていたが、長野駅を越え、新潟との国境に近い野尻湖も外国人の別荘地として100年の歴史を持っている。

開拓したのは「軽井沢の村長さん」と言われるほど、軽井沢で知れ渡ったダニエル・ノーマン宣教師らしい。息苦しい軽井沢の社会から脱出したい、アフタヌーンティーなどの堅苦しい習慣を嫌いと、NLA(Nojiri Lake Association)を1921年に設立した。

これは信濃町のホームページに載っているのだが、あのノーマン師氏が軽井沢を息苦しく感じていたとしたら、興味深い事実だ。

 

さて野尻湖には長野駅からしなの鉄道北しなの線で黒姫駅に向かう。かつての信越本線も今では第三セクターの運営だ。

 

黒姫駅前には由緒ある「ふじの屋」旅館がある。1910創業で明治末の旅館の佇まいをよく伝える建築物として、登録有形文化財に指定されている。

 

やはり駅そばのKadoman Bakeryにも注目したい。

ここは戦時中からあったお店で「カドマンの小母さんは、古い小さな店で、外人に教わった通りによい匂いを漂わせ、おいしいパンを焼いていました」という1941年頃の証言を筆者は紹介した。こちら

本当に残念なことに昨年閉店閉まったが、内部はまだパン屋さんの佇まいが残っている。

 

国際村は現在約250軒の別荘がメンバーで、会員制のボランティア団体「野尻湖協会」によって運営されている。

そこはかつての外国人租界地ではないが、まさに外国人社会が繰り広げられて、皆が英語であいさつし、会話している。

 

集会堂はヴォーリズの設計。ただし建物はあまり古さを感じない。

 

内部には説教壇もあり、ノーマンが軽井沢に建てたユニオンチャーチを彷彿させる。

 

この辺りは国際村の私有ビーチで水泳場、ヨット置き場などがある。

 

湖畔にはしゃれた別荘が点在する。戦前の建物ではないか?

 

右には軽井沢でよく見られる土管煙突がある。

 

周りの樹木が何十年もの間に建物とうまくマッチしている印象

軽井沢にはなくなった、外国人のリゾート地としての別荘文化が、野尻湖にはしっかり残っている。

ランチも湖畔のカピタンファンタジー 甲比丹。お客にも外国人が多い。価格、味共に文句ない。

 

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