輝く大切なあなたへ




初めましての方はこちらを読んでいただけたら嬉しいです🎵

☆自己紹介☆ 




私だけの人生ヒストリー

今日からスタートです。




私は1978年初夏

静岡県の伊豆に生まれました。





伊豆と言えば海のイメージを持たれる方が

多いと思いますが、

家の周りはとにかく山、山、山。

自然に囲まれて育ちました。




父は電気工事の自営業。

母は元美容師の専業主婦。




一代遡ると

父方の祖父、祖母は農家。



母方の祖父は大工。

祖母は親戚の温泉旅館のお土産屋さんで働いていました。





生まれた時のエピソードといえば、

逆子でしたが、自然分娩だったので

足から出て来て、バンザイして生まれて来たそうです。





がっしりして男の子のよう。






成長が早く、一歳の誕生日の一升餅を背負うというイベントでは、自分の足でしっかりと立ち、ずんずん歩いていました。



うちの3人の子ども達はみんな
一升餅を背負わすとビービー泣いていたので、
これが普通だと思っていた私は驚きました。





なぜか聞いたことがなかったのですが、

うちのきょうだい、母方の従兄弟は祖母が名前をつけてくれました。





私に付けられたのは日登美。

朝4時に生まれたので、「日が登って美しい」

というイメージでつけてくれたようです。




なかなかの名付けセンスで、とても気に入っているのですが、小学校低学年の時はこの名前が嫌だった時期がありました。




校歌に「みんなのひとみが輝く」という歌詞が入っていたのですが、そこを歌う度にクラスのみんなが一斉に私の方を見てくるのです。




みんなに見られるのがすごく嫌でしたねー。

校歌を歌っている時、その歌詞が近づいてくると、ドキドキしていたものです。




今思えばいい校歌ですし、自分の名前が入ってるって誇りを持ってもよかったのかもしれないですが。




成長が早く、「しっかりしている」とよく言われていましたが、今思えば少し繊細なところもあったかもしれないです。




自分の名前を気に入っていましたが、

意識して大好きになったのは去年春のことです。




一番末っ子が不登校になり、

お先真っ暗で「この先どうなるのだろう」という不安で一杯でした。




持病のアトピーがひどくなって、

歩くこともままならなくなり、

放課後に娘をおぶって教室に連れていく…。




そんな中で自分一人の時間もほぼなくなりました。




唯一1人の時間を作れたのが早朝でした。

夜明けが早くなってさわやかな空気の中を歩くことで、少しずつ自分を取り戻そうとしていたのかもしれません。




ある日、偶然早く起きて外に出た時、

ちょうど東の山の向こうから朝日が登ってきました。



その光景を見た時、あまりにもきれいで涙が溢れて来ました。




そして、「あー私の名前ってこれなんだよな。」と思い出したんです。





その日から朝日に会いに散歩に行くようになりました。




毎日登ってくる太陽は違いました。

雲に隠れて見えなかったり、少しだけ雲から出ていたり、すごく大きかったり…。





でも太陽の形はいつも○でした。




私が心がけているのは、どんなことがあっても○をつけるということ。

それは、方眼ノートに出会った時に教えてもらいました。




その大好きな考えと、自分の名前のお日さまが○で繋がっていたと気づいた時、またまた感動しました。




ちょうど最近、入っているコミュニティで

名前について考えるというワークをしていました。

「名は体を表す」とありますが、

名前にはその人にとって大切なメッセージが込められていて、自分の名前を意識するだけで変わってくるということでした。





早朝の散歩は、それを実感したできごとでした。





そのワークの中である方にもらった言葉が

「明けない夜はない」という言葉です。




その言葉を聞いて、今までのことがすーっと

軽くなったような気がしました。





色々なことがありますが、

明けない夜はない。この気持ちで進んでいきたいと思います。




最後までお読みくださりありがとうございました💕

素敵な夜をお過ごし下さい🌛







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