初めて逆上がりに挑戦した時、
初めて補助輪なし自転車に乗った時、
初めて自動車を運転した時、
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「こんなもんできるかッ!」
と思った。
でも、まぁ、
諦めずに練習していればできたわけで。
これから先たくさんの
「こんなもんできるかッ!」
に直面するだろうけど、
焦らず、腐らず、意志を持ってやっていけば、
なんとかなりそうな気がしなくもない。
東京に来てはや4年。
地震にはもう慣れました。
地震といえば危機管理。
有事の際のサバイバル<生き残り術>に思いを馳せることが半分趣味です。
「いきなり強盗が押し入ってきたらどう対応しよう?」とか。
さらに事態を収めた後も、
一応武道を修めているので警察に過剰防衛にされないか
などと不毛な心配をしてみます。
北の核実験関連に紙面を割き過ぎではないかと思うのは自分だけ?
確かに我が国としても重要なニュースだ。
でも、
情報伝達量・速度から考えてTVに分がある。
簡単に言えば
<TVのニュース見た方が早い>んだから、
そこでは新聞は真っ向勝負しなくてもいいと思うんだけど。
日経でしか伝えられないことが他にあろう。
中国の動きを報道しつつ
さりげに
いつもの(金儲けのための)中国万歳思想
を挟み込んでくるあたりが
いかに日経といえどもさすがマス○ミって感じですね。
粛々と事実だけを伝えていればいいのに、
自分たちのカラーを付けて世論誘導しなければ
気が済まないんだろうか。
文章を書く際に「です・ます調」と「だ・である調」があることは小学校で習った。
では、ブログを書くにあたってはどっちがいいのだろうか?
自分が、心理学や株なんかの専門家で、そのことについてのブログなら「です・ます調」がいい気がする。
そのコンテンツは必然ある意味「己が専門知識をひけらかす」的性格をもつので、
「です・ます調」はそんな印象を柔らかくするのに一役買ってくれる。
ところが当然自分にはそんなものはない。
「だ・である調」の場合、どうも論文くさくなってしまう。
結局、そのブログの方向性による、といったところか。
今のところ方向性は未定なので、その時々によって変えていくとしよう。
というわけで
前後の記事で、です・ます・だ・であるが交錯してても、いくつも人格があるわけではありません。