不動産屋と保険代理店オヤジの徒然日記 -29ページ目

不動産屋と保険代理店オヤジの徒然日記

有限会社ナイス・プランは札幌で、不動産業全般(売買、賃貸、管理、投資物件等)、と外資系生命保険(アフラック)の代理店と併せて、AFPによるファイナンシャル相談(相続、資産運用等)を,日々承っています。

 ここ最近、保険ネタが多くなってきたかも・・・・



 私は、脱サラ後まずはアフラックの代理店からスタートした。

で、昨年から不動産業も兼業し、2足草鞋の会社として現在に至っている。


 スタート当時、知り合いに会うたびに

 (言っておくけど故意に知り合いを回っていた訳ではありません)

会社を辞めて「いまアフラックの代理店をやってるんだ、何かあったら宜しく」

とだけ、挨拶するだけで、きまって相手の表情は硬くなる。

保険屋家業がいかに世間から嫌われているか、というのが良くわかった。


 これは、大手生保の営業マンだろうが外資系生保の代理店だろうが

関係なく、要は保険屋として一派一からげ的に嫌われているのだろう。


 では、なぜそこまで保険屋って嫌われるのだろうか・・・・

私は、知り合いだからって義理人情だけで無理に入ってもらうつもりも無いのに・・・・・

っていうか、逆にそれが多かったからだろう。



 これまでの国内生保の基本戦略は

大量に女性営業マンを採用して、個人の営業能力など関係なく

採用した9割が辞めて行くのもお構い無しに、常に大量に採用して

まず、はじめに何処を回らせるかといえば

その人の親戚、友人、知人関係をリストアップさせて

徹底的に回らせるわけだ。

言い換えれば、その情報を取らんがために

常に大量採用してるといって過言ではない


 親戚縁者関係で取るだけ取ったら

あとは辞めても良いわけで、用済みである。



 だから、巷では知り合いが生保を始めたと聞けば

少しずつ距離を置き、近づかないようにする。

電話が来ても、何か理由をつけては断る。

要は義理人情に訴えた営業に逢わないよう最善の防御をするよう

身についてしまっているわけだ。


 そんな営業をかける気なんて更々無いんだよ光線をビンビン発しても

染み込んだトラウマがそれを許さず、自然に顔が強張ってしまうようだ。



 これは、国内生保に限らず、外資系代理店でも同じで

要は保険を扱う募集人の姿勢の問題であって、

義理人情に頼るところからスタートしようと考えるやからは決して少なくない。

そうゆう募集人に限って、スタートダッシュは成績がいいけど、そのあとが続かず

結局すぐ無責任に辞めてしまう。

それがまた保険屋の評判を悪くしている一因で

どうせ付き合ってやったって、すぐ辞めるんだろう・・・・・って思われる。





 良い保険なのだから、まずは自分の身近な人から薦めるのが当然だ・・・

という考えも悪くは無いが、私の基本的な考えに合わない。



 一流営業マンたるもの

義理人情に頼った営業をしたら名が廃る・・・・と、頑なに信じている。


 武士は食わねど高楊枝・・・である。

成績が悪くても、収入が少なくても、女房が機嫌悪くても

私のモットーは 白地の新規開拓です、今後も変わりません、


当たって砕けろが肉食男子の本懐だ!ヽ(`Д´)ノ




 


 


 

 早い、早すぎる~~

下半期も、はや1ヶ月が過ぎた。

雨ばっかりで寒い寒し言ってる間に

暑中見舞いも出さない間に

7月が終わってしまった。


 この景気の悪さを打破すべく

何かをしなくてはならないが

何もしないうちに

どんどん時間だけが過ぎていく


 判断のスピード

行動のスピード

起した行動の継続性

などなど

1人でやってるんだから

改善すべきところはまだまだ有って

どうにでも出来るはず


 モチベーションを高く持ち

今年残り5ヵ月

突っ走らなきゃ

 うちの息子は、女房が早くから夏休みのバイトを探しなさいって

言われていたにもかかわらず、働きたくないもんだから

うだうだしているなかに夏休みが始まった今もまだ決まらず

毎日昼まで寝ている生活をしている。


 実際、探してみて高校生を募集しているところは限られており

なかなか無いのが実情だ。

考えてみればもっともな話で、息子のような高校生を使って

それに金を払うなんて、自分だったら考えられないもんな。

よっぽど、募集しても集まらないからやむなく高校生でも可

としているところくらいか。


 人が聞けば、親バカと思われるかもしれないが

アルバイトニュースで探してやって、ここへ電話して、相手が出たらこう話して・・・・・・

そこまでしてやらないと自分からは動きたがらない、困ったモンです。


 こんな奴が、イザアルバイトに行ってもまともに勤まるのか

それが心配でなりません、

自分が高校生の頃はもっとまともだったけどなあ・・・・・・・・・・と思うバカな父親です

 札幌の老舗中の老舗、丸井さんが今日で一旦営業を終了し

8月から本州資本による新生丸井今井として再開するとのこと。


 生まれも育ちもチャキチャキの札幌っ子にしたら

やはりいつまでも「丸井さん」である。

うちの親は農家だったので、私が小学校にあがるときとか

進学するときに、大きな買物、例えば学生服や学生帽などを

買うときは必ず母親と「丸井さん」に行ったものだ。


 安いものを買うときは決まって狸小路の金市館でさ、

大物は「丸井さん」って決まっていた。

当時から他のデパートもあったと思うけど

札幌っ子にとって、一番間違いが無くて、一番信用できて

一番おしゃれで、一番洗練されていて、一番安心できる店だったんだな。


 丸井さんで買物をした後は、決まって最上階の食堂で

ラーメンを食べるのが楽しみだった。

お子様ランチとかカレーとかチョコレートパフェとか、

そんなハイカラなものを食べるなんて考えられなくて

家族で行っても、母親と二人だけで行っても

お昼は決まってラーメンだった。

それ以外を食べるのは罪悪みたいに思っていたし

ラーメンがこの世で一番のご馳走(ごっつぉ)と信じていた。


 或る日、母親と二人でいつものように

丸井さんの食堂の長テーブルでラーメンを食べて

食べ終わった後すこし休んでいたら

隣の家族連れ、子供はちょうど自分と同じくらいの

小学校2~3年生くらいだったと思うけど

まずはアイスクリームの入ったソーダが来て

次にお子様ランチ、

それが食べ終わらないうちに

今度はチョコレートパフェが運ばれてきた。


 ご飯を食べ終わらないうちにお菓子が出てくるなんて

うちじゃ絶対有り得ないことが、となりのテーブルで

当たり前のように展開されて

その横で母親と一緒にラーメン一杯食べて黙っている親子にしたら

かなりの刺激でありまして、私はうらやましくてじっとその光景を見ていた覚えがあります。

そのとき母親が私に向かって

「○○も食べたいかい、頼んでやるよ」って言った言葉が今でも忘れられなくて

丸井さんに行くたびに思い出していました。

そのとき私は「いい、いらない・・・」って我慢して帰ってきたと思うなああ・・・・



 それ以降、クリームソーダだけは頼めるようになった記憶もあるなあ・・・・・




 これから、丸井さんは三度目の再建にチャレンジするようですが

これまでの再建過程では

私が言うのも生意気な話しですが

やはり老舗なんだから地元が必ず助けてくれる・・・という甘えが有ったのでは

ないでしょうか

本気になって、危機感をもって、全従業員が一丸となって

札幌市民一人ひとりに利用を訴えかけるくらいのつもりで

取り組んでいたとは言いがたいような気がします。

店を改装すればお客が来るとか、新しいブランドを入れれば

何とかなるとか、

札幌人の心のひだに触れるような取り組みに欠けていたのかも・・・・・




 しつれい、生意気言いました・・・・・・、スタッフの皆さん頑張ってください。