不動産屋と保険代理店オヤジの徒然日記 -10ページ目

不動産屋と保険代理店オヤジの徒然日記

有限会社ナイス・プランは札幌で、不動産業全般(売買、賃貸、管理、投資物件等)、と外資系生命保険(アフラック)の代理店と併せて、AFPによるファイナンシャル相談(相続、資産運用等)を,日々承っています。

お客様からのオーダーで空き家交渉を開始した。

 

1軒目

まずは依頼の有った空き家と思われるお宅へ伺い、ピンポンしてみるが中から応答は無い。

表札は出ているが、郵便受けは目張りされている。

電気のメーターが回っているか確かめたいが、近所に怪しまれても困るので辞めておく。

 

お隣さんに留守なのか尋ねると「普段は留守で、たまに帰ってきているようだ、連絡先などは判らない」とのこと。

たぶん、子供の所へ行ってるか、病院もしくは施設に入居か、そのあたりだろう。

 

次に登記を取ってみるが、現住所のままで動かしてはいなしようだ。

こうなったら、もうどうしようもない。

一か八か、現住所宛に手紙を出すしか手は無い。

手続きがされていれば転送され、撮り合えずこちらの意向は伝えられる。

あとは、先方に売る意思が有るかどうかの問題だけだ・・・・

 

 

2軒目

伺ったら明らかに長期間空き家の状態だ。

外壁や屋根、窓等、損傷が激しい。だが、庭の植木や草は刈られており、誰かが最低限の管理はしているようだ。

近所に聞きまわったが、持ち主は早くに亡くなり、その後は親戚の人が借りていたようだが、その人も出てしまって、その後は空き家状態。

今は相続人の物らしいが、連絡先等は誰も知らなかった。

この状態だと手紙を出しても無理だろう。

そんな時、隣りの方から「町内会長が連絡先を知ってるかも」と聞き、町内会長宅を訪ねるも、あっけなく断られた。

最後の手段で、一か八か、町内会長へ手紙を出すことにした。

連絡先を教えてもらえなくても、出来ればこちらの意向を伝えてもらい、先方からの連絡を待つしかない。

 

 

3軒目

ピンポンしたら、中から年配のご婦人らしき声で応答があった。

明らかに住まわれている様子なので「売ってください」とは言えないので、ここは口八丁で

「私、不動産屋の○○と申します。この辺りにご挨拶に伺っています。

不動産を買うとか売るとかの時には一声掛けて戴きたく、名刺だけでも受取ってもらえませんか?」と

案の定「郵便受けに入れておいて」で終わってしまった。

ここはしょうがいない、名刺を入れて退散する。

 

 

 

 

 

ううううううんん・・・・・・なかなか思うようには行かないのが現実だ

 

 

待望の長女(第一子)は3月10日に生まれた。

実は女房も3月10日生まれで、松田聖子とは生まれ年まで同じと自慢のネタだ。

余談だが、二女は柳原可奈子と生まれ月日が同じなんです、何となく同じ星の元を感じます(笑)

 

 

日が明けるのを待って、お疲れさんも兼ねて女房と飲みに出た。

映画ゴッドファーザー PART IIを見た後、当時の東宝日劇から全日空ホテルまで、3月の夜なので、まだまだ寒い中を30分ほど、無理して歩いた。

全日空ホテルのレストランで食事、夜景の見えるバーでお酒を飲み、気分良く帰ってきた。

 

 

数日後、女房が咳き込みだした。

コンコンと結構長く続く咳だった。

長女に母乳をやっている時だったので、近所の婦人科も兼ねた内科で診てもらった。

血液検査と風邪薬をもらって、後日検査結果を聞きに行く日を予約して帰ってきた。

その後も薬を飲みながら、母乳をあげていた。

 

 

そのうち、今度は長女がコンコンと咳をしだした。

女房の風邪をうつしてしまったようで、近くの小児科から乳児用の飲み薬をもらったが良くならず、長女のコンコンは続いていた。

 

そのうち、一回のコンコンが長くなり、コンコンと息を吐ききったところでヒーと言う笛のような声を出しながら息が吸えず、見る見る顔が紫色に変色するチアノーゼになるようになった。

 

生後間もない乳児がそんな状態になるのだから、見てるほうはたまらない。

 

少しすると息が吸えて回復するのだが、そんな事が日に何度も繰り返すようになり、今度は小児科で評判だった国立西札幌病院の小児科に入院した。

 

医者曰く「風邪ですね」と、風邪薬を使って症状が治まるようになったので、GW前に退院できた。

 

元気になったので、長女を連れて実家へ遊びに行ったその日に再びコンコンが始まりチアノーゼになった。

已む無く西札幌病院に再入院になった。

血液検査をしても、既に色々と薬を使っているため正確な結果が出ない。

入院中もチアノーゼを繰り返した。

 

 

ある日、女房が婦長からこっそりと

「この子の症状はただの風邪では無いと思います。うちの病院は確かに小児科では評判ですが、この子より大きな子が専門なので、乳児の場合は大学病院か銭函乳児院をお勧めします。私から先生に言うことは出来ないので、お母さんから先生に転院を申し出たほうがいいと思います」とアドバイスされた。

 

女房からそのことを告げられ、どうするか迷った。

銭函乳児院は知っていたが、家から30分以上はかかる。

一方、大学病院は患者をモルモットにされると噂で聞いていた。

悩んだ挙句、長女の出産でお世話になった琴似産科婦人科クリニックの永井院長に相談した。

 

永井先生曰く

「名医、名医と世間で評判の医者が居るけど、せいぜい一人の経験値でしかありません。大学病院は、医者の年齢は若いが数名のチームで一人の患者を診るので、誰かが「この症状、見たことある」というケースも多く、信頼して大丈夫」と言っていただいたので、札医大に転院した。

 

 

私自身、初めての大学病院だったが、入院した小児科はさすがに複雑な病気で入院している子ばかりだった。

 

その頃には、我々も素人ながらに「百日咳」ではと疑い始め、回診に来た先生にもそのことを告げるようになっていた。

 

入院中もコンコンとチアノーゼを繰り返していたので、担当医に病室を代えてくれるよう申し出る同部屋のお母さんまで居た。

 

 

 

 

その頃、家では毎晩、義母が泣いていた。

女房が子供の頃、あまり泣くもんだから三種混合ワクチンを二回受けただけで辞めてしまったらしく、それが原因で、女房が百日咳になり、長女に移したのであれば、長女に何か有ったら全て自分のせいだと・・・・・・・・・・・

 

血液検査をしても正確な結果が出ないのは相変わらずで、チアノーゼ状態も決まって担当医の居ない時に起きていた。

担当医曰く「何とかして一度でいいからその状態を見たいのですが・・・・・」と言うが、女房としては一旦チアノーゼになったら、長女の背中を叩いて刺激を与えることが最適策なため、ナースコールを押すのが精一杯で、その後医者が来た時には収まっていることの繰り返しが続いた。

 

 

いよいよもって、女房から聞く症状だけで「百日咳だろう」と判断し、専用薬のガンマグロブリンの投与が決まった。

薬の入ったかん腸器のような大きな注射器を機械にセットし、ゆっくり押し出すながら投与が始まった。

しばらくすると娘の頭頂部の前側半分の毛がすっかり抜け落ちた。

かなり強い薬なのだろうと思った。

 

 

 

一ヵ月ほど入院したが症状も完全に治まり、お蔭様で退院できた。

札医大の先生には感謝の言葉しかありません。

当然ながら私の中でモルモットにされるなんて偏見は全く消えていました。

ただ、長女の病名は最後まで解らず終いでした。

 

札医大には現在、昨日更新したとおり、義父がお世話になっている。

義父も同じく数名のチームで診てくれていて、家族としても全面的に信頼している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

半年ほどが過ぎたある日、女房がまた風邪をひいたので、近所の産婦人科を兼ねた内科を受診、その時院長が女房のカルテをみて何と言ったか

 

 

 

 

あら○○さんは百日咳だったんですね    だって・・・・・・・・・ヽ((◎д◎ ))ゝ

 

 

 

 

いまにして思えば、一番綺麗な状態の血液は、一番最初に女房が受診したときに採血した血液で、その検査結果が最も正確な結果だったということだろう。

検査結果を聞きに行く日を予約していたが、そのうち長女の事でそれどころでなくなり、女房は大事に至らず、長女が生死の堺をさまよったということだ。

もし、ここのクリニックが検査結果をカルテに転記する際に女房へ連絡をくれていたら、長女への対応ももっと早く判断できたのかもしれない。

言うまでもないが二度とそのクリニックには行ってない。

 

 

そこは現在、息子が後を継いで、ハイクラスな産科専門に建て直し、ダルビッシュ紗栄子が第一子を出産したことでチョット有名になったようだ。

最近はどうなのか、病院周りの通路の草が伸びてるのが気になる・・

 

 

 

 

やがて長女の母子手帳に「百日咳」と記録されるようになり、保健所の定期健診のたびに保健婦さんに一通りの顛末を説明しなければならなくなった。

 

 

 

 

生後3ヶ月未満の乳児が百日咳にかかると生還率は30%を切っているらしく、今にして思えば恐ろしいことだった。

 

後日談で、ゴッドファーザー PART IIが封切りされた年は何故か百日咳が流行した年だったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じつは、その長女の彼氏が明日、結婚の挨拶に来るらしい・・・・・・・

 

 

 

 

 

あの時以上に気が重い・・・・・・・・・・°・(ノД`)・°・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨晩、義父の入院先で担当医から話が有るからと、呼び出された。

義父の病室で、義母と女房と私の4人で担当医と面談した。

 

担当医から申し出が有ったと思っていたら、どうも義父からの申し出だったらしい。

 

冒頭、義父曰く

「先生、とても苦しいんです、私はもう人生に悔いは無いので、早く楽になりたいのです、尊厳死協会に加入しているのでお願いします・・・・」と

 

 

義父は今年80歳超え、前立腺癌の治療で年明けから定位放射線治療を受けたのだが、その副作用なのかは不明だが全身に湿疹が出来て、痒くてかゆくて夜も眠れない状態が続いていた。

近所の皮膚科や市立病院へも行ったが、塗り薬と、温めないように言われ風呂も頻繁には入れなくなった。

しかし状態は一向に改善されず、たまりかねて札医大へ行くと、そく入院で、色々と検査した結果

 

水疱性類天疱瘡(すいほうせいるいてんぽうそう)

 

と診断された。

原因不明の難病の一種らしい。

本来なら体内に侵入したばい菌を攻撃する細胞が、何らかの原因で内側から自分の皮膚を攻撃してしまうらしい。

 

それに加えて義父には糖尿病、高血圧、脳幹梗塞の後遺症で嚥下能力に多少の後遺症が残っている。

このため、入院中に誤嚥性肺炎を患い、本人にしか分らないほど苦しかったらしい。

 

担当医曰く

「まだ延命治療の段階ではなく、通常治療のレベルです、おっしゃるとおりご希望であれば無駄な延命治療はしませんが、今はそのレベルではないので、もうすこし頑張ってください」と

 

我々家族も励まして、何とか治療を続けることで納得させた。

それにしても、そうとう辛かったのだろうと改めて痛感させられた。

 

 

 

昨年3月に実父が87歳で亡くなった。

突然の事故死だった。

農家だった父は自分で機械を使って除雪なども行い、元気だった。

ある日、自分のアパート周りの除雪を、雪を飛ばす機械でやっていたらしいが、ギアをバックに入れたときに誤って脚を滑らせ、機械とアパートの外壁に挟まれ、見つかった時には既に心肺停止の状態だったらしい。

発見者が直ぐに119番通報してくれ、救急車、レスキュー隊、警察と大騒ぎで、私たち子供に連絡が来るより先にTVニュースで流れていたらしい。

運ばれた札医大の救命救急センターへ駆けつけたときは既に警察の検死最中で、直ぐに面談できず2時間ほど待たされたのちの面談だった。

 

 

父は常々「人間死ぬ時はどう抗ってもしょうがないんだ、死ぬ時は死ぬんだから」と

 

 

思えば、祖父はひざが悪くて入院中の朝に脳溢血で死んだ。

祖母は親戚の法事に出席中、突然隣りの人に寄りかかってきたかと思ったら死んでいたとのこと、心筋梗塞だったらしい。

 

 

どうも、私の家系は死ぬ時はグズグズすることなく、家族の手を煩わさずに死んでゆく血筋のようだ。

 

 

だからって、義父がどうの言ってるわけではない。

 

 

輪廻転生という言葉がある。

 

人間、死んでもまた姿を変えてその魂は生き返るという意味らしい。

 

 

人間は死んだら全てが無になる、全て終わり、と思っている人は死を恐怖に感じるらしい。

一方、輪廻転生を信じている人は、死を恐怖には感じないらしい。

 

 

 

 

私はどちらだろう

 

 

 

 

 

 

ううううううううううん・・・・・・・・・・・( ´・д・)

 

 

 

 

 

 

まだまだ命根性が汚い人間のようだ

 

 

 

修行が足りない・・・・・・・・汗

 

 

うちの女房も宅建取引士で某賃貸ショップの専任としてお世話になっています。

昔、女房と一緒に賃貸ショップで働いていた方が別の業者へ移り、そこでは賃貸は元より、売買も扱うらしい。

 

不動産業って、大きく分けて売買と賃貸に分けられて、一人で両方をこなすのは結構難しい。

仕事の仕方というか、情報の入手経路が違うため、多くの業者は専門の担当を配置してこなしていると思われる。

 

ちなみに、保険業界も同じで、保険には生命保険と損害保険があるが、一人で両方を万遍なくこなすのはかなり難しい。

損害保険は毎年更新する保険のため、毎年1回契約者の元へ出向いて更新手続きを行う。

例えるなら養殖作業が損害保険の世界である。

一方、生命保険の世界は常に新規開拓を強いられる世界で、例えるなら狩猟作業が生命保険である。

頭の思考作業が根本的に違ってくるため、一人でこなすのは難しい。

 

 

で、そのある方は女房の紹介で、私にお電話を掛けてきて、色々と聞いてくるのだ。

 

売買で、こういう時はどうしたらいいか?

こういう状況で売買の仕事を進めて大丈夫か・・・・・・・等々

 

 

女房曰く、賃貸では抜群の実績を残した方だけど、売買の経験が無いため聞きたいのだと。

 

私も頼られたらイヤとは言えない性格だし「いいふりこき」だから、ついつい調子こいて色々と教えたがる、出来る男と思われたくて・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・でも・・・・・・・でもね

私は不動産屋になって、まだ8年しか経ってないって知ってるんだろうか?

 

それより前は、不動産経験ゼロで、まったく畑違いのホテルマンだったって知ってるんだろうか?

 

 

更に、それより前は、木工団地の家具工場で、箪笥を作っていたって知ってるんだろうか・・・・

 

 

 

 

 

そうなんです、ブログで偉そうなこと書いてますが・・・・・・・・

私・・・・・・・・・・実は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

業界経験ゼロで始めた不動産屋なんです・・・・・・・・・・・・・(汗)

 

 

不動産なんて売った事も、買った事も、借りた事も、貸した事も、全く有りませんでした(汗汗汗汗・・・・)

 

 

 

だから失敗ばかりで、高い授業料払ってばかりなんです・・・(汗)

 

 

 

 

 

 

皆さん、良く目にする「オープンハウス」の電柱看板って知ってますよね、矢印のとおりに進んでいくと、オープンハウスに辿り着く、あれです。

 

あれって、実は違法なんですよね、罪名は「屋外広告物条例違反」です。

 

 

で、捕まりました。

行為者責任と管理者責任を問われる罪らしく、警察は「大湊さんは両方兼ねているから、重い罪になるかもね」って

 

ええええええ・・・・・・・・・(((゜д゜;)))

 

西警に行って、顔写真を正面・両横面と撮られ、両手の全指の指紋、手のひら紋、と全て警察のコンピューターにインプットされました。

写真はドラマに出てくる犯罪者リスト写真のあれです・・・

 

 

 

そして裁判所からお手紙が届きました。

 

開けると「判決文」と書かれていて

主文、被告を罰金5万円に処する・・・・・・・・・って

泣く泣く5万円払いました(涙)

 

 

 

 

次は、友人の紹介で東京から、札幌にラーメン店を出したいって

狸小路で手ごろなテナント物件を紹介したら、早速見に来た。

気に入って「是非借りたい」とオーナーに申し出たら、借主の履歴書を出せとのこと。

早速その場で書いて出したところ「こいつには貸せない、お断り」と言われた。

理由は話す必要ないと言うことで、とにかく断るの一点張り。

賃貸だから、貸主が貸したくないと言われたらそれまでなので、その方に伝えたら、激高して

「こんな失礼な話は無い、それなら元々飛行機代をかけてまで来ない」と、損害賠償請求をするとまで・・・・・・

しかしながら貸主に請求してもしょうが無いため矛先は私へ・・・・・・・

私としても私が悪いわけではないからと反論したら、今度は紹介してくれた友人へ請求すると言い出し、好意で紹介してくれた友人に迷惑は掛けられないとの思いから、相手の要望を呑みました(涙)

結局、一銭の仕事にもならずに、往復の飛行機代で7万円を支払いました(涙涙涙涙涙)

 

 

 

なんだか、愚痴っぽくなりましたが・・・・・・・まだ有ります。

 

 

 

古~~い、ワンルームのマンションを売りたいとのことで預かり、300万で売りに出しました。

古いのですが地下鉄直結のマンションというのが最大の魅力です。

程なくして買い手がついて内覧に。

その場で申込みをもらったのですが「バスユニットの換気扇が吸い込み悪そうなので、見てくれ」との要望。

分りましたと、後日、まずは自分で見てみようと、バスタブに足を掛けて天井の換気扇を覗こうとしたら、バスタブが「ガクン」とかしがり、斜めに・・・・・・・・やっちまったああああ(汗)

瞬間、私の中で悪魔のささやきが・・・・・・・・

 

・・・・・・・黙っていたら分らんって、大丈夫だって・・・・・・・・・

 

私は、自分で壊したことを隠したまま、契約から引渡しまで終えました。

その後、買主に呼ばれて「なんでバスタブが壊れているんだ、内覧の時は何とも無かったのに・・・・、君、心当たりは無いのか?」と

 

 

もう、ここまできたらしらばっくれるしかないと思って「知りません」とだんっまりを通していたのですが、買主の何度も何度も向けられる鋭い追及に耐え切れなくなり

 

 

 

ついに

 

申し訳ありません

私が壊しました(汗!)

 

と白状しちゃいました

 

 

 

 

結局、仲介手数料15万円の仕事で、バスタブを新品に取替え、費用40万円を負担しました。

自業自得なので止むを得ないのですが、情けない話です・・・・

嘘は時間がたてば経つほど引き返しずらくなると思い知らされました

 

 

他にも有るのですが、情けなさ過ぎるので、ここまでにします(汗)

 

 

 

 

 

 

で、何が言いたかったかというと

 

こんな私でいいのですか?

 

間違ったことを教えるかもしれませんよ

 

それでもいいなら、いつでも電話をください

 

私の知る限りのことはお話しますから・・・・・・・・

 

 

 

もう、嘘は言いませんから・・・・・・・・・ホントに・・・・・・(・・。)ゞ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨年9月末に「ニセコの別荘を売却したい」とのお話をいただき、早速現地へ行ってみた。

 

ニセコは2年前に宅建協会の観楓会で「ニセコグランドホテル」に泊まった以来だ。

予断だが「ニセコグランドホテル」は大きな混浴露天風呂のあるホテルで美肌の湯で有名と聞い期待していたが、混浴露天風呂に女性の姿は無く、お湯もぬるく、宴会の料理も、鮪・イカ・甘海老のお決まりの刺身に、メインは小さな毛蟹と、何故にニセコで中途半端な海鮮料理なのか、かなり疑問が残る。

スタッフもアジア系の方が多く、要望を伝えても上手く伝わらないことが多かった。

加森観光が運営委託を受けていたらしいいが、やる気が無いとしか思えなかった。

 

その前といえば女房と結婚前にスキーに行っただけで、しばらく縁が無かった。

 

 

 

久々に行ったニセコは別世界だった。

特にひらふスキー場の麓は日本とは思えず、女房と来た時と比べてその変わり様は恐ろしいほどだった。

道路を歩いている人も、工事関係者と外人ばかりで、聞いてはいたがここまでとは思えなかった。

 

 

 

で、問題の別荘だが、国道のアンヌプリ側ではなく、逆の真狩側の近藤というところに有った。

まさに羊蹄山の麓で、白樺林に囲まれて夏は羊蹄山を直接見上げることは難しいが、静かな別荘地だ。

20年前頃に別荘地として分譲されたらしいが、当時の分譲業者は既に無く、管理者は居ないようだ。

 

 

小さなログハウスで、ご主人が無くなってから2~3年ほど放置されていたらしく、バルコニーの手すりなどは雪で破損していた。

1階は12帖、2階はロフト式の7帖と、小さな三角屋根の建物で、まるでサザエさんのエンディングに出てくるようなお家だった。

 

 

破損箇所は直さず現状で売却、という事も考えたが、幸いにして火災保険で雪害などの破損箇所を全て直せるようなので、直した上で売却することになった。

調べるとかなりの破損箇所があった。

・バルコニーの手すり

・1階ベランダのサッシ

・玄関ドア

・外壁はキツツキが空けた穴が4箇所ほど有って、中にはスズメバチの巣も有った。

 

これらを全て保険対応で直してから売り出すことに決定。

 

 

実は保険代理店に現地を見てもらったのは2回目に現地へ行ったときで、初めて行ったときは現地確認後「売家」の看板を立て、役所を回って資料を集め、その後温泉に入って帰ってきた。

帰ってくる道すがら、早速「看板見ました」と電話が2本、翌日に1日と入り、ニセコの凄さを身をもって感じた。

まだ、売却価格も決まっていない段階で、こんなに問い合わせが来るなんて思っても見なかった。

 

正直、現地へ入るまでは「ニセコアンヌプリの麓ならいいのだが」と思っていたのに逆側だったので多少「ガッカリ」したのだが、あにはからんや、これだけの問い合わせに度肝を抜かれた。

 

この段階で内覧希望が1件有ってご案内した。

ここよりもう少し羊蹄山を登ったところにお住まいの30代のご夫婦で就学前の女の子が2人のご家族。

地下部分の車庫を開けたら、中にワラジムシがびっしり(((゜д゜;)))

多少引き気味の私を尻目に、何の気にすることなく奥様はズカズカと中へ、子供たちもケロッとして中でキャッキャッ言いながら走り回っておりました。

奥様に「虫が気にならないのですが?」と聞くと「虫を気にしていたらニセコに住めませんよ」とのこと。

虫を凌駕するほどの魅力に取り付かれたのだと納得した。

ご夫妻は直さずに現状のままを希望されたので商談は不成立に。

 

 

 

 

結局、9月末にお預かりして、10月末に○○万円と決定、アットホームと現地看板のみで募集した。

修繕工事も年内で完了し、物件は見違えるほど蘇った。

 

 

値付け以降はさすがに問い合わせが鈍ったが、年も開けた2月に内覧希望が来た。

ご主人は某国人で奥様は日本人。

札幌から雪かきスコップと長靴を持って、待ち合わせ時間の3時間前には現地に着き、予想通りの積雪で、ざっと1mは積もっていた。

お客様到着までに何とか汗だくになりながらも除雪完了し、お客様を迎えた。

私は英語はしゃべれないが奥様が通訳してくれたので支障は無く、内覧は進んだ。

大変お気に入りだが、資金面で多少の難が有ったため売主様と相談した結果、結論は先送りしてもうすこし募集を続けることに。

 

 

 

最終的に現地で暮らすヨーロッパ人のご主人と日本人の奥様、ハーフの9ヶ月の女の子の3人家族と契約し、先日4月20日に引渡しが完了した。

この女の子がまた・・・めっちゃ可愛くて(⌒▽⌒)

将来、ニセコ出身のハーフタレントで出てくるかも・・・・要注目です。

お買い求めいただいたご家族様、大変お世話になりました、いつまでもお幸せにお暮らしください。

 

 

 

このご家族と契約したあとも、第二順位、第三順位を了解で、いずれも外人さんからの申し込みが有ったが、期待には応えられなかった。

 

 

 

いやああ、ニセコバブルとは聞いていたが、ここまで外人さんから問い合わせが来るとは

 

 

 

ニセコはまだまだ熱いですよ