竿竹屋はゆっくりと関口に顔を向けて、

 「お客さん、物干竿ですか」と言った。


 関口は思わず足に強い力を込めた。瞬間、立っていられないような気分に襲われていた。

 

 英雄-。

 

 関口の脳裏にはそんな言葉がごく自然に湧いて出てきていた。この襤褸を着た男の眼差しはなんだ。射殺すような強い力は無い。無気力な虚ろさとも無縁だ。ただ蒼穹のように深い色を湛えた眼で、しっかりと関口をとらえていた。

 「お客さんの家まで運びますよ」男がまた、言った。そして関口はその声にまた、理由もなく深く心を奪われていた。


 関口は近隣の高校では名の通った男だった。入学してすぐに、その学校で一定の勢力を誇っていた男達は大した時間もかからず関口の腕っ節の前に沈黙した。やがて、藤が丘から四方、遠くは一社に至るまでで、関口に喰ってかかろうとする者は誰もいなくなった。

 その関口が一つ下に入学してきた張本と仲良くなっていくのに、あまり時間はかからなかった。

 関口に劣らず暴れ者だった張本は、かつての関口と同様、上級生に喰ってかかっていた。そしてその相手がたまたま関口であり、張本は生まれてきて初めて、喧嘩で敗北を味わうことになった。

 それから、何故か張本は関口を慕うようになり、今のように何くれとなく行動を共にするようになっていた。


 ある時、張本と共に、明が丘公園の展望台に上っていた時だった。

 何気なく広場の方を眺めていた関口が、一瞬で目を奪われた男がいた。

 その男は、広場の向こう側にある団地の前で、主婦を前に物干竿を売っていた。物干し竿を操る手際があまりに流麗であったことが、何故か彼の心に一つの引っ掛かりを与えていたのである。

 その日から、明確には意識せぬままに、関口は竿竹屋を探していた。