すると男は、関口の顔をしばらく見つめるや、不意に破顔した。
「ハハハ、確かにお客さんの言うとおりだ、学生が竿なぞ買いにくるわけないや。学生さん、あんたの目があんまり真剣だったもので、ついこっちもなんだか竿を売りたくなったのだよ。だってほら、うちの竿、いいから」
男はそういうと、何本かの物干竿を軽々と振り回して見せた。そこ小柄な体躯からはちょっと想像のできぬ見事な棒さばきである。
「俺、叔父が尾張旭に住んでて。あすこ、棒の手という秘術を伝承している土地でしょう。小さい頃よく叔父に教わったんですよ」言いながら男はどんどん物干竿を振り回していく。
早春の藤が丘駅前に、振り回される物干竿が猛烈な突風を作りだした。そして関口は、その風に、何の脈絡もなく、この凍てついた地に生命の営みをもたらす春一番の風を見た気がした。
半ば夢現のような心持ちで物干竿の演武を見ていた関口に、不意に背後から声がかかった。
「関口君、そいつ誰?」
振り返ると、先ほど寒さに耐えきれずミニストップに消えた張本が、口中にチョコレートサンデーを頬張ったまま、いぶかしげな表情で竿竹屋を見つめている。