刻々と近づく死期。
上り詰めたとききっと弓子の想う理想の天国に逝けると。
「さようならみんな」
エレベーターの扉がゆっくりと開くと朝焼けなのか夕焼けなのか太陽が弓子を照らした。
想像してほしい。
ここは東京。日本の誇る莫大な都市東京。
ビルの50階の屋上に立つと東京だというのに回りに目立ったビルがない。
遠くどこか日本でない外国のどこかに来たような景色。
そうかここが天国なのか。そう思いながら弓子はフェンスに手をかけた。
思えば此処に来るまで幾度となく惨めになったり何度も死にたくなった。
何で死ななかったのか、多分それはほんの少しの良心だったのかもしれない。
夫はいつも朝早く帰ってきては「旦那を迎えろ」と執拗に殴ってはまた家を出る。表で女を孕ませたらしい。
息子は言葉を覚えるのが出来なく、養護学校に通うも弓子の負担は重くなるばかりであった。
唯一の稼ぎ頭である弓子はパートでスーパーの鮮魚コーナーで刺身用の魚を切っていた。
自分の意見を言わない弓子に対して執拗ないじめが毎日続いた。
ロッカーの中に魚の内臓があったときはさすがに吐かずにはいられなかった。
更には弓子の足をかけ地面に倒れた。
「生臭いから近寄らないで」と笑われることもあった。
それでも我慢したいっそこの包丁を振り回してやろうとも思った。
でもぐっと抑えた。
その悪夢から解放の時。
此処から飛び降りれば楽になれる。
さようなら。
風は弓子の背中を押して勇気付けているのか。
「この国の悪者は死んでしまえば良いのにね」
フェンスがガタガタ揺れ弓子は一本一本外し体を支えきれなくなり手を離した。
落ちるまでは早かった。
何秒もかからなかった。
落ちた弓子は赤い塊だった。熟したトマトの様に散った。
続く