南御室小屋に着いたのはお昼どきだったので、アイゼンをはずして小屋の前にしつらえられた傾いだ木のテーブルとイスでのランチ。カレーヌードルと手作りのおにぎりをほおばる。
しかし、こんなに気持ちいい天気なのに食べ終わるとそうそうに与えられた小屋の寝床にてひるね。
チャリはビールを買ってつまみを持って外へ行った。
なんだか子供が来ているようで、男の子の話し声が聞こえる。。。
こんこんと寝たはずであるが起きるとまだ3時頃で、小屋のまわりの眺望はないが、外に出てみた。
テン場はテント満開で色とりどり。テーブルにも人がたくさんくつろいでいた。
起き抜けで寝ぼけていて帽子をかぶってこなかったので、あまりの日差しに怖れをなしてすぐに小屋の中に戻った。
食堂のテーブル席にひとりで座っていると、小学生くらいの小太りで丸顔の男の子がハイチュウを持って近づいてきた。まったく物怖じせず、ぐいぐい来る。
わたしに、登ってくる道中に拾ったという木の根付を見せてくれた。神社などで売っているお守りみたいなものである。
かなり古いのか、木に刻まれた文字は消えかかって読めない。
なんて書いてあるの?? 社慶、、かな。こっちはこっちは宝除、、?? なんじゃそれ。
違うよ。これはね。タテに読むんだよ。魔除、財宝、って書いてあるんだよー。
それでね。このハイチュウあげるからね、包み紙ちょうだい。という。
ハイチュウを口にポイっと放り込んで包み紙だけ返すと、自分で持っていた包み紙を全部ひろげて、地図をつなぎ合わせるようにつなげて行く。見ると、その紙には挿絵と一言メッセージが添えられていて、それがなんと書いてあるのかが彼にとっては重要らしいのだ。
君へのごほうびになれることが僕のごほうびだ
目の前のハイチュウが明日もあると思うな
苦手なものをみつめると自分がみえてくる
今あるハイチュウを楽しめる人生であれ
なーんて、そんな人生訓めいたものが書かれている。知らんかった。
真剣な表情で新しいハイチュウの包み紙を開けてそれを丁寧にひろげていく彼のココロに、それはいろんな回答を与えているようだった。
ショウスケ君というらしい彼は、野村萬斎の声を持つお父さんとここまでやってきていた。
大人の足で6時間、小学3年生の彼がここまで頑張って来られたのは、ハイチュウの励ましのおかげだったのか。
人なつこいショウスケ君は他のグループの妙齢の女性たちにも大人気であった。
夕食時間では同じテーブルで、賑やかなショウスケ君を囲んでの食卓は楽しかった。
2日目は薬師岳、観音岳、地蔵岳までの縦走で、折り返して薬師小屋まで戻る。
昨日と同じく、めったにない晴天で無風。
300mくらいの標高を上がったり下がったりの繰り返しの道程となる。
薬師岳の頂上は富士山から八ヶ岳、甲斐駒が岳、仙丈が岳、中央アルプス、その奥に北アルプスまでが見える絶景であった。
尾根歩きではその山たちがずっとついてくる。
あまりのクリアさに、逆に遠近感がまったくわからない。
平面の写真を見ているようである。
やがて上がってきたショウスケ君親子の写真を撮らせてもらった。
1たす1はー? 2ー!!
サービス精神旺盛に元気な笑顔を作ってくれた。
彼等はここから下山すると話していた。
人生いろいろあっても、ショウスケ君!! 君なら乗り越えられるよ!!
笑顔と人なつこさが印象深い。 この山行の一番印象深い記憶となった。
夕食でやはり同じテーブルだった3人連れの妙齢の女性たちは賑やかで元気である。
疲れ知らずでタフである。
気がつくと尖った石の先端に立って両手を上げてポーズをとっていたりする。
だってー。なかなか来れないですもんね。すばらしいわー。今日はー。と感激しきりである。
楽しい尾根歩きと言っても、アップダウンはけっこうある。おまけに花崗岩の岩稜の斜面では、岩をよじ上りながら進む。
景色があるから疲れはさほど気にならないが、ついそこに見えている地蔵岳のオベリスクになかなか辿り着けない。
あとひと下りで地蔵岳、という斜面で休憩。そこまで4時間以上かかった。ヒィ。
火の鳥が誕生した瞬間のようなオベリスクが眼下に見える。
チャリが紅茶を入れてくれた。
ベッドのように平らな岩を見つけてふらふらと近寄って行き、昼寝を決め込んだ。ま、超回復。
くだんの女性3人が通りかかってチャリと言葉を交わしていたが、反応できず。いびきをかいて寝ていたらしい。。。。
彼女たちははりきって地蔵岳へ向かったが、わたしたちはそこから折り返した。
アップダウンも同じだけある。南御室小屋までは戻らないが、3時間もっとかかるだろう。
2日間歩いて、足の疲労もキテいる。 。。
折り返しの行程は、薬師のとんがり帽子の向こうに富士山の雄姿が浮かんでいる。(そんなふうに見える。)
右を見ると北岳たちが連なり、左を見ると八ヶ岳が黒く浮かぶ。
白い岩の間をくぐり抜け、もと来た道を、行きとは全然違う視界を楽しみながら歩いた。
天空の散歩道は、確かに楽しいが、決して楽ではない。
だけど、自分の足で、(何かを)確かめながら、歩いて行けることは、心底の喜びがある。
今あるハイチュウを楽しめる人生であれ。
そうだ。山のエクスタシーは、これにつきる。


